第3話

03.


 水の国、グラン・シード。最近では連合国入りしたり何だりと話題の尽きない国だが、そのせいか私までも出入りが激しくなっている。今月に入ってすでに二度目。軍に目を着けられたくないのは私も同じなので、出来れば一時はここに来たくないのが本音だ。
 さすがに二度目ともなれば慣れたもので、物陰に移動した私は何食わぬ顔で大橋へ躍り出る。橋渡しの車を捕まえるまで、そう時間は掛からなかった。人間とは順応する生き物である。

 ***

「えー、荷物が重いなあ。早く届けないと……」

 住所のメモを人差し指と中指の間に挟み、通りの名前を確認しながら進む。程なくして辿り着いたのは、売店がある場所からは少しばかり離れた住宅地だった。閑散としていて、街の熱気が嘘のようにさえ思える。
 アラーナさんの息子はどうやら私のようにアパートに住んでいるらしい。と言っても、2階建てだからアパートと呼ばれるのであって、私が住んでいるそれとはグレードが大分違うようだが。キラキラ輝く建物群に多少の劣等感を覚えつつも、さらに住宅街を進む。

「あ!このアパートだ……!留守じゃないと良いなあ」

 部屋の番号を確認。どうやら上の階のようだ。箱を抱え直して、階段を上り2階へと足を踏み入れる。そこから3つ目の部屋が目的地だった。
 メモを挟んだ方の手でインターホンを押す。何だかロイヤリティなチャイム音だ。どうせだからアラーナさんが心配していたとも伝えよう。一度、親へ会いに行こうという気にもなるかもしれないし。
 ややあって、玄関の鍵が開く音がする。警戒しているのか、少しだけドアが開かれた。チェーンが掛けられているので、かなり用心深いようだ。田舎の人間には分からない心理である。

「こんにちはー、お届け物でーす」
「郵便?」
「……え、あれ?」

 返って来たのは女の声だった。いや、そんなはずはない。アラーナさんは確かに『息子』だと言っていたし、ここで女性が出て来る事はあり得ないだろう。まさか、部屋を間違えた?
 チラ、と部屋の番号を確認するが間違っていない。寸分の狂い無く、目的の部屋だ。
 私が黙り込んだ為にアパートの住人らしき女性は苛立ったように言葉を叩き付けてきた。

「ちょっと、何の用?新聞なら要らないわよ」
「いや、そうじゃなくて――えーと、あれ?届ける相手はその、男性で」
「あたししか住んでないけど。場所、間違ってるんじゃないの?」

 ガチャリ、とチェーンが外され、ようやく住人と対面した。全く聞き覚えの無い声だ、と思っていたがその顔は薄らぼんやり見覚えのあるものだ。そう思ったのは彼女も同じだったらしい。半眼だったその双眸が大きく見開かれる。

「あ、あんた……この間、橋渡しで相乗りした女の子じゃん!」
「え?あ、あー!そうだ、後から乗って来たお姉さんだ!」
「あれから結構経つけど、おつかい終わって無いの?」
「いえ、これはあの時とは別のおつかいです」
「そうなの?ていうか、迷子?あたし、人捜しとか苦手だけど誰か呼ぼうか?」
「え?誰かって、誰を――」
「あ、丁度そこにいんじゃん。おーい、お姉さーん、この子、迷子らしいんだけど!」

 私の話を微塵も聞かず、一方的に話を進めた相乗りのお姉さんは1階を見下ろすと声を張り上げ、手を大きく振った。一体誰を呼んだんだ、とそちらを見て絶句する。
 濃紺色の制服とキラキラ輝く勲章に、名札。金色のボタンが陽の光を受けて輝いている。そんな軍服に身を包むは女性。緩くウエイブの掛かった茶色の長髪が肩口あたりにまで伸びている。
 そんな彼女は相乗りの女性の声を聞くや否や、走り寄って来た。ああ、何だかとても面倒な人と出会った予感が拭えない。

「迷子ですか?」
「そうなんですよぉ。彼女、人の家に荷物を届けるおつかいをしてるらしいんですけど、家がどこにあるのか分からないみたいで」

 ――いやいや、家の場所は分かってるんだってば!
 心中で叫ぶが、これ以上厄介事を増やさないようにする為にも黙っておいた。迷子かどうかは置いておいても、困っているのは事実だ。頼っている相手が連合の軍人である事が唯一引っ掛かりではあるが、滅多な事さえしなければ危害は加えて来ない……はずだ。

「私は連合軍所属、少尉のカリーナと申します。迷子の案内ですね、承りました!さ、私と一緒に探そう」
「はあ、どうも……」
「しかし、まずは荷物のチェックを。君を疑っているわけではないが、知らず兵器や武器を運ばされている子供はいる。勿論、君のような子供に危害を加えるつもりは無いから安心して欲しい」

 相乗りをした方の女性は手をひらりと振ると自室へ戻って行った。最初から最後まで話を禄に聞いてくれない人だったが、一応世話焼きの気質は持っているらしい。