第3話

02.


 続いて、もう一通の方を開けてみる。見た目は何の変哲も無い封筒と便箋だったので、緊張感がやや解れた。目に飛び込んで来たのは上品で、しかしどこか可愛らしい手書きの文字。インクが滲んでいる。

「機械の国だ……えーと、食べ物を運ぶ仕事みたいです。特に怪しい感じはしないし、これには行ってみようと思います」
「それはいいけれど、くれぐれも注意するように。いい?危ないと思ったらすぐに逃げるのよ」
「わ、分かってますって……!じゃ、行ってきます」

 言いながらいつもの鞄を肩に引っ掛け、外へ飛び出す。
 今回の目的地は機械の国、ダストターミナルだ。本来なら汽車の終点付近であり、機械の国で大量に生産され、そしてゴミになるガラクタの山。それこそがダストターミナル。ただし、見方を変えればあれは宝の山でもある。事実、私はたまにあのガラクタシティへ、ガラクタに埋もれたお宝を探しに行く。
 久しぶりのお宝山へのお出掛けだ、という浮いた気分。しかし、同時に何とも苦々しい気分でもある。ダストターミナルが集合場所で、しかも食糧を届ける依頼。それはつまり、この依頼人がダストターミナルに住んでいるという事になる。
 ――人もゴミも捨てる地、それこそがダストターミナルの存在意義。いつだったか聞いた驚愕の事実が脳裏に過ぎる。
 しかし、今は依頼の遂行が先決だろう。
 ギルド裏に回った私は、『移動』すべく目的地と住所を思い浮かべ、両目を固く瞑った。

 ***

 人気のない場所、を指定する理由すら無いくらいの閑散とした空気。目の前には掘っ立て小屋が建っており、余計に気分を陰鬱なものへと変える。周囲を見回せば自然と分かった。ここが、依頼人・アラーナとやらの住居なのだと。だって他に人が住めるような場所、物は見当たらない。
 叩けば簡単に壊れてしまいそうなドアをそうっとノックする。微かな音が響いたのみで、返事は無かった。多分――いや絶対に今のノックの音なんて聞こえなかったに違い無い。

「すいませーん、サークリスギルドの運送屋です!アラーナさんはいらっしゃいますか!?」

 ややあって、中から床が軋むような音が聞こえてきた。否、床なんて立派なものではなく、板を並べただけの欠陥住宅なのだが。

「はいはーい、あらあら、お嬢ちゃんが運送屋の人かい?」
「え、ええ。運送屋は私です」
「そうかい、中へお入り。お茶も淹れてあげるからねえ」

 出て来たのはしわしわのおばあちゃんだった。笑った顔がとても柔らかくて、コハクさんに言われていた警戒心が消し飛ぶ。出て来た時同様、緩慢な動きで中へ入っていくおばあさん――アラーナさんの後を追い、小屋の中へ。立て付けが悪いドアがなかなか閉まらずに焦っていると、すでにアラーナさんは湯飲みを2つ用意していた。

「ごめんねぇ、ドアがちょっと悪くなっててねぇ」
「だ、大丈夫ですよ!もう閉まりました!」
「そうかいそうかい、サークリスって言ったら……随分と遠い所から来たんだねぇ。ほら、疲れただろう。足を伸ばして座って良いからね」
「はい、お邪魔します」

 ――おばあちゃんがいたら、こんな感じなのかもしれない。
 自然と警戒心を解きほぐしていく話し方と物腰。張り詰めていた緊張の糸が緩んでいくのをありありと感じながらも、大して焦りは無い。この緩慢さがこの場での空気なのだと変に納得した。
 が、仕事をしなければならない。いつまでも茶を飲んでいたい気分に駆られたが、アラーナさんには仕事で呼ばれたのだ。何か困っているのだろうし。

「えーっと、お届け物の依頼で来たんですけど」
「うんうん、そうなんだよ。実はね、旅に出ている息子にね――」

 言いながらアラーナさんはすでに梱包された荷物を差し出して来た。発泡スチロールの箱で、すでにガムテープでみっちり封がされている。どうしたものか、一応中身を確認したかったが、今からガムテープを剥がすのも箱が駄目になってしまいかねないし、何よりこのお婆ちゃんを疑っているようじゃないか。
 ――会話の糸口から中身が安全なものである事を確かめられればそれでいいか。

「食べ物、との事でしたけど……どんなアレな感じなんですかね」

 ――何を言っているんだ私は!
 中身を聞き出さなければという使命感のせいか、随分と言語が不自由になってしまった上、非常に怪しい。軍関係者との会話だったなら問答無用で詰め所まで連れて行かれるレベルだ。
 しかし、アラーナさんは柔らかく微笑んだ。老獪な笑みに心が癒されていくのを感じる。

「魚の干物と採れ立ての野菜だよ。息子がねぇ、手紙を送って来るのだけれど、最近どうにも忙しそうでね」
「い、忙しい?」
「そうなんだよ。色んな所を飛び回ってるらしくて、私からは手紙も送れないのよぉ。だから、いつも手紙を貰うだけ」
「えっと、それはその、息子さんが今どこにいらっしゃるのかも分からないんですか?」

 それは困る。無指定では『瞬間移動』が成立しない。或いは息子さんとやらの顔と名前さえ分かれば可能なのかもしれないが、生憎と私と息子さんは赤の他人。人指定もままならないだろう。
 しかし、私の心配は杞憂に終わった。

「水の都に住んでるんだよ、今はね。1年くらい前からかねぇ、もしかしたら良い場所だし、定住するのかもしれないね」
「そう、なんですか」

 ――息子ォ!一緒に住んでやれよ!ダストターミナルに親放っておくんじゃない!
 切実にそう思ったが、笑顔で取り繕う。私にはいつだったからか不明瞭だが、親がいないので何故自身の親をこんなゴミ山に放置出来るのかさっぱり理解出来ない。
 よし、物のついでだ。その息子とやらがどんな生活を送っているのか、更には元気なのかどうかも沿えて依頼完了報告をしよう。どんな息子だろうが、アラーナさんが息子を大事に思っている事には変わり無いわけだし。
 私は荷物の中身チェックをすっかり忘れ、箱を手に取った。ずっしりと重く、成る程確かに野菜や干物が入っていそうではある。

「任せて下さい、必ず荷物は届けて来ますね!」
「元気でいいねぇ。ああ、孫がいたらこんな感じなのかもしれないよ。ああそうだ、作りすぎてしまった干物、運送屋さんの為に取っておくからね。帰りに渡すよ」
「本当ですか?有り難うございます!遅くても明日には結果報告に来ますから!」

 アラーナさんから住所の紙を貰った私は、意気揚々と外へ出た。今日のやる気は今まで類を見ない程のものとなっている。