第2話

07.


 そんな彼の様子に舌打ちしたアレクシアさんが私の肩に手を置いた。

「いい、ミソラ。奴に特殊系の技能はほとんど効かないわ。つまりあたしはお荷物って事。後方でサポートに徹するつもりだから、怪我人が出たらあたしの所に運んで来て。いい?」
「はい、分かりました。えーと、他にやる事は……」
「あんた、戦えないじゃない。良いわよ、修行とは言え、さすがに目の前にある地雷を踏めとは言わないわ」

 ちら、とラルフさん達に視線を移す。よく動いているのはエーベルハルトさんで、ラルフさんは完全に攻めあぐねていた。時折、大鎌を避けてスケルトンロードの懐に入り込むのだが、彼の持つ刃物では例のモンスターに傷を付ける事は叶わないようだ。
 ――となると、頼みの綱はエーベルハルトさんだけになる。彼が怪我をして、戦線を離脱した場合、ラルフさんだけではスケルトンロードの攻撃を受けきれないだろう。ラルフさんの戦闘スタイルは専ら『敵の攻撃を躱して、カウンターを叩き込む』という、攻撃を受けない事が大前提の戦い方だからだ。

「えーと、アレクシアさん。ちょっと確認したいんですけど」
「何?」
「特殊系技能っていうのは、火を出したり氷を出したりする感じの技能ですよね?」
「そうだけれど……何、危ない事しようとしてるなら止めるわよ。今日はあたし達があんたの保護者なんだから」
「いや、そうじゃなくて。つまり、私がスケルトンロードの頭上に移動して、そこで重い物でも落とせば、それは物理攻撃ですよね?」
「ちょっと!あんた、本当に無防備なんだから絶対にアレに近付かないでよ!腕の一振りであんたなんか即死よ、即死!」
「いやいや、救助に行くって事は結局、スケルトンロードに近付かなきゃいけないんで大した違いは無いですって!じゃ、ちょっとギルドでダンベル借りてきます!」
「待ちなさい!」

 伸びて来たアレクシアさんの手を躱し、一度ギルドへ戻る。倉庫から私では持ち上げる事はおろか、床から浮かせる事も出来ない筋トレ道具の一つ――ダンベルを入手。重さは25sと書かれていた。
 そのままスケルトンロードの頭上に移動――と思ったが、接近戦をしている2人の上にダンベルを落としたら大惨事なので、一度アレクシアさんの隣に戻る事にする。
 帰って来た私を見て、恐い顔をしたアレクシアさんが再び注意しようと詰め寄って来るが、説教が口から飛び出す前に私の方が口を開く。

「すいませーん!ちょっとダンベル落としてみるんで、離れてて下さい!!」
「は?」

 ラルフさんが疑問顔でこちらを振り返ったが、私の足下に鎮座しているダンベルを見ると苦い顔をしてそそくさとスケルトンロードから離れて行った。
 ただし、エーベルハルトさんは振り返らず逆に指示を出して来る。

「ミソラさん、それ、大鎌を持っている方の肩に落として下さい。頭蓋は高値で売れるので、傷物にしないで下さいよ」
「りょうかーい」

 エーベルハルトさんが身体を反転させ、正面ではなく、杯を持っている方の腕を狙って大剣を突き出す。左側から攻めて、私のダンベルが直撃しないようにしているのは分かるが、それは無茶というものではないだろうか――
 まあ、そこはそれとして、どうにかなる。
 指定先をスケルトンロード右肩の真上に指定。こんな訳の分からない指定場所でも、技能が起動するのか疑問だが――と、景色が塗り変わった。同時に身体が落ちて行く感覚に息を呑む。暗い空間、ただし、頭上にはうっすらと夕焼けが見えるので、谷の中間辺りなのかもしれない。スケルトンロードの動きは緩慢だが、全く動かないわけではないので、私は直ぐさま持っていたダンベルを手放す。というか、私がダンベルに引き摺られる形で落ちていたのだが。
 落ちて行く感覚に気持ちが悪くなってきたので撤退、再びアレクシアさんの隣へ。帰って来た私を見て、アレクシアさんは少し引いたような顔をした。

「あんた……あれ、人間相手には絶対にしない方が良いわよ。飛び散った脳味噌なんて見たくないでしょ」
「ええ!?どうして今そんな話……を……」

 私が放ったダンベルはどうやら見事にスケルトンロードの右肩を粉砕したらしい。文字通り粉々になった肩の骨が空気中に舞っている。あらぬ方向へ飛んで行った大鎌はそのまま地面に横たわっていた。チェーンが着いていたので、辛うじて原形を留めている骨が周りに散らばっている。
 ダンベルはと言うと、比較的柔らかい夜の谷底の地面に深々と突き刺さり、事の凄惨さをひしひしと伝えて来ていた。成る程、これは予想以上の威力である。

「あ!ちょ、ミソラ。それは良いんだけどラルフを回収して来てくれない?派手に吹き飛ばされたわよ、今」
「ええっ!?だ、大丈夫ですかね」
「大丈夫だって。あの程度じゃくたばらないわよ、でも一応診るから」

 現状、片腕のスケルトンロードと対等に戦えているのはエーベルハルトさんだけだ。確かに、彼女が言う通りラルフさんの姿が見えない。

「ミソラ、右の方よ」
「あっ!じゃ、ちょっと行って来ますね!」

 結果的に言うと、ラルフさんは割と満身創痍だった。大怪我こそしていないものの、私が少しだけ離れていた間に何か火にでも巻かれたのか、火傷も見られる。ついでに散々地面に転がされたらしく、土まみれだし肌が出ている部分には裂傷も見られて大変痛々しい。

「あ、あの、一度アレクシアさんの所へ連れて行きますね!?」
「悪いな。どうも俺とアレは分が悪いらしい。アレクシア程じゃないが」

 伸ばした私の手にラルフさんが掴まった事を確認し、アレクシアさんの所まで移動する。
 満身創痍のラルフさんを見たアレクシアさんはぷぷぷ、と笑った。

「あんた怪我し過ぎでしょ。手強かったみたいねー、スケルトンロード」
「まだ終わっていないし、お前は俺以上に手も足も出ないだろうが……お前の活躍する所でも見てみたいものだ、アレクシア」
「はぁ?適材適所ってもんがあるのよ。あたしが参戦したって無駄な怪我人出るだけじゃない、馬鹿なの?」
「ふん、エーベルハルト、あれは適任だったな。『バリア』に『未来予測』、『重力V』で動きの牽制も出来る」

 ――エーベルハルトさん、重機みたいな技能搭載してるんだな。
 隣で話を聞いていた私は素直に感心した。もう、戦う為だけの技能ばかりを持っているあたり、彼は天性の戦闘狂と言えるだろう。
 『治癒U』の技能を持っているアレクシアさんが、見ただけでも酷いと分かるラルフさんの傷に触れる。淡い光と共に、徐々に塞がっていく傷口は怪我の治る過程を早送りで見ているようだ。

「それにしてもミソラ、お手柄だったな。全く戦う力は無いと言っていたが、技能はやはり使いよう。どうとでも活用出来るものだ」
「えっ!ほ、誉められた!やった!」
「あらぁ、良かったわねミソラ。これで帰ってみたら技能が発露してたなら言う事無いわね」

 ラルフさんから離れたアレクシアさんが、未だ戦い続けているエーベルハルトさんに視線を移す。少しばかり険しい顔をした彼女は大袈裟に肩を竦めた。

「エーベルハルトは一度休憩しに来なくて良いのかしら。いや、来られても困るけれど、あれで身体保つのか心配になってくるわ」
「俺と交代……は、無謀か。はっきり言って、片腕が無くとも俺がアレに太刀打ち出来るとは思えないな」
「でも、雪の日の犬みたいに元気ですよ。エーベルハルトさん」

 ずっと動きっぱなしのエーベルハルトさんに疲れは見えない。どころか、余計にキレのある動きになってきている気がする。段々段々、尻上がりに調子を上げていく精神力と反骨精神。やはり彼だけはサークリスギルドの中でも一線を画した存在と言えるだろう。
 しかし、それでもエーベルハルトさんの体力が尽きる前にスケルトンロードを討伐出来るかと問われれば曖昧な返事をするしかない。実際問題、スケルトンに限らず上位種とはソロで倒せるようなものではないからだ。

「私、もう一回ダンベルを拾って、逆の肩も外しましょうか?」
「発想恐すぎ!いやいや、もう倉庫にダンベル無かったわけ?拾いに行くのは危険よ」
「まだありましたけど、10sのダンベルしかありませんでした……威力半減よりさらに以下ですよ」
「あの高さから落とせば、はっきり言って10か25かの違いなんて微々たるものだと思うけれど……」

 しかし、私達の心配は杞憂に終わった。
 スケルトンロードが創り出した火の玉をギリギリで躱したエーベルハルトさんがその懐へと飛び込み、肋骨を砕き、続いては背骨を破壊して落ちて来たスケルトンロードの上半身と頭から上をギロチンよろしく真っ二つに分けてしまったからだ。
 狂気的な解体ショーを目の当たりにした私は未だにどうやって加勢すべきか話し合っている2人に呼び掛ける。

「な、何か決着したみたいですけど」
「何!?ほとんどソロだぞ、化け物かエーベルハルト……」

 全くぶれない足取りで戻って来たエーベルハルトさんは笑みを浮かべ、その手には手の平よりやや大きい金の杯を持っている。ご満悦そうで何よりだ。