第2話

02.


 入って来たラルフさんと――もう一人、エーベルハルトさんがこちらに気付いて軽く手を振る。アレクシアさんが二人に向かって手招きしたので、来たばかりの彼等はすぐに依頼の話を聞かされる事になってしまった。

「おはよう。ミソラ、お前は今日、休みじゃなかったのか?」
「あっ、い、いえ……その、ちょっと依頼に……」
「うん?すまない、よく聞こえなかったんだが」

 話し掛けられただけでさっきまで覚えていた、不快感がすっかり消えてしまう。ちら、とラルフさんの方を伺うが、彼は特に意に介した様子は無く椅子の一つに腰掛けていた。私に代わり、アレクシアさんが事の説明を口にする。

「ミソラが修行の為、あたし達と依頼へ行くそうよ。遠出出来るから、儲けられる依頼を選ぼうじゃないの」
「へぇ。修行ですか。良いですよね、修行。俺もよく竜の谷へ単身赴きましたよ。さすがにあの時は死ぬかと思いました」
「いや、ハード過ぎ!私がそんな所行ったら、行った瞬間に帰宅ですよ!」

 ははは、と爽やかな笑顔から紡ぎ出される血生臭い昔話に戦慄さえ覚える。そんな彼はエーベルハルト。今時珍しい、大剣を武器に戦う戦闘狂だ。核心ではないものの、アレクシアグループと組むのが嫌になる理由の一つでもある。とにかく、エーベルハルトさんがいるとハードコアな依頼ばかりを受ける事になるのだ。
 だがまあ、やはり一番の理由は曰く『腐れ縁』らしいアレクシアさんとラルフさんの馴れ合いを見ていると胸がムカムカしてきて景色を楽しむどころじゃなくなるからなのだが。以前、その話をコハクにしたところ「レベルが低すぎる。子供か」、と一蹴された。そうだよ、私はまだ子供だよ。

「ミソラがいるのならば、今回はお前の都合には合わせられないぞ、エーベルハルト」
「勿論、分かっていますよ。彼女はサークリスギルドの看板ですからね。傷でも付けようものならコハクさんに殺される」
「どれが良いかしら。あたしは稼げれば何でも良いんだけど」

 三者三様の意見ながら、やはり重点は「幾ら稼げるか」で落ち着いたらしい。いまいちまとまらない話にヤキモキしたのか、ラルフさんが眉間に皺を寄せて言いつのる。

「条件としては、モンスターが強すぎず、且つ4人で報酬を割ってもそこそこの稼ぎになる依頼だな。ミソラがいるのなら場所は問わずで良いだろう。そういうわけだ、移動は頼んだぞ」
「あ、はい、頑張ります……!」
「そうよぉ、頑張んなさいよ、ミソラ」

 ニヤニヤしているアレクシアさんに背中を叩かれた。彼女、こうして度々私の事を応援してくれるが、互いのポジションがポジションなので見ようによっては正妻の余裕にしか見えない。

「団体依頼が良いでしょうね。大会形式の、他ギルドと競わせるような」
「モンスターより余所のギルメンを狩る方が面倒なアレよね。うーん、正直、今回はミソラがいるから他ギルドとの戦闘は避けられそうだけれど……どうかしら」
「団体依頼については俺も賛成だ。何より、一個人の投資より多人数の方が支払いが良い」
「そういえば、1週間前から夕暮れの国の――どこだったかな、どこかでアンデッド系モンスター討伐の依頼が来ていた気がしますけど。誰か行ったんですかね」
「じゃ、取り敢えずそれ探して来るわ。ちょっと待ってて」

 言うや否や、アレクシアさんは席を立って依頼掲示板を覗きに行ってしまった。そういえば、とラルフさんが口を開く。

「どうしてまた、モンスター依頼なんか受けようと思ったんだ?お前は、そんな危険な事をしなくても金くらい稼げる技能を持ってる。進んで危ない橋を渡る必要は無いだろうに」
「ラルフさん、聞いてなかったんですか?ミソラさんは修行がしたいんですよ、修行が」
「脳まで筋肉で出来ているお前が言っても説得力に欠けるな。それで、どうなんだ?ただ素材が集めたいだけならば、俺達が道すがら拾ってくるが……」
「いやっ、あの……えっと、もう少しで……技能が獲得出来るんで、たまには新鮮な事を、って、その……思い、ました」
「ああ、技能獲得の為の『修行』か。随分と楽しみにしているんだな」

 そう言ってラルフさんが微笑ましそうな顔をした。それとほぼ同時にアレクシアさんが依頼書を持って帰ってくる。誇らしげな顔をしているので、例の依頼はまだ誰にも受理されていなかったのだろう。

「あったわよ。それに、たくさんのギルドに募集掛けてるみたいね。報酬金、かなり良いわ。これで決まりでしょ」
「どんな依頼なのかは詳しく書かれているか?」
「ええ。アンデッド系モンスターの討伐依頼ね。不死抑制の銀粉は依頼人が用意するそうよ。一番多くモンスターを討伐したギルドに、一番報酬を払う大会形式ね」
「へぇ、銀粉を用意してくれるんですか、わざわざ。はは、死ぬ程焦臭いですね」

 不死抑制の銀粉、と言えばアンデッド系モンスターの不死という特性を一定期間封じ込めるアイテムだ。殺す為に死を与える、という矛盾に満ち満ちたアイテムなのだが原理はどうあれ、アンデッド系を討伐するのには必要不可欠である。
 ――が、当然のように『銀粉』。文字通り少量ではあるが銀が使われている妙薬であり、値段がそこそこ張る。エーベルハルトさんの懸念は尤もなのだが、アレクシアさんはそれを一蹴した。

「いいじゃない。何か危険な依頼だったとしても、報酬を貰ったらミソラの技能でさっさとトンズラすれば何にも問題無いわ」
「……それもそうですね。じゃ、移動しましょうか」
「あ!はい!」