第2話

01.


 どんよりと曇った空の金曜日。
 明日から土曜日だと言うのに、何となく気分が沈み込む、そんな日だった。
 今日は運送業はお休みだけれど、私は私でギルドに個人的な用事があったので軽い足取りで職場へ向かう。

「おはようございます!コハクさん、ちょっと視て欲しいんですけど!」
「朝一でやる事がそれ?子供は元気で良いね」

 などと言いつつも、ギルドの奥からコハクさんが出て来た。ほんの少しだけ眠そうだが、衝立のある個人相談窓口に陣取り、私の事をじっとりと見つめている。私は意気揚々と彼女の正面に座った。
 気怠そうな動きで白い紙を一枚とペンを取ったコハクさんの両目が爛、と輝く。
 ――ギフト技能『解析』。その名の通り、視た相手の持っている技能と、今後習得が可能な技能を視る事が出来る力だ。
 ややあって、コハクさんは一つ頷いた。紙にサラサラと何かをメモする。

「どうですか?何か進展ありましたか、私のギフトに!」
「無いわね。日々に刺激が足りないんじゃないの。まあ、順風満々である事は悪い事ではないけれど。一月前も同じ事を言ったけれど、もう一度同じ事を言っておく。相変わらず、貴方のギフト技能は旅向けのままよ。このまま行けば、そろそろ『バリア』を入手出来るかもしれないかな」
「あと少しって、前回もそう言いましたよね」
「仕方無いでしょ。技能の発露方法は人それぞれ。どうすれば早く技能を習得出来るかだなんて、私に訊かれても困る」

 得られるギフト技能の数は人によって異なる。ただ、大抵は2〜5の間。極々稀に1つ大きな技能をドーンと持っている人や、6つ以上の技能を有している人もいるらしい。まだ私は出会った事は無いが、世界は広いしそんなの一人や二人いたところであまり驚きもないが。

「旅向けってコハクさんは言いますけど、『バリア』なんて戦闘向きじゃないですか。私、戦う為の技能を一つも持ってないのに」
「馬鹿。それは旅人向けよ。『バリア』で防げるのなんて、精々下級特殊攻撃技能くらい。戦闘には向かないわ。『バリア』の真骨頂は寒さや暑さ、自然の猛威をある程度シャットアウト出来る事。もっと言えば、水圧で人間が潰れてしまうような深海にだって行けるわよ、それがあれば」
「深海って……そもそも、そんなに長く息を止めていられません」
「『バリア』内部に酸素溜めて行けばいいじゃない。貴方はテレポーターなのだから、あとは深海にポイント座標置いて移動すれば完璧。恐らくだけれど、濡れる事もないんじゃない?」
「な、成る程……!さすがコハクさん、私が気付かない事に気付きますね!」
「ギフト技能は創意工夫が肝よ。こういう風に使える、と思い込むのではなく逆転の発想が大事。どう?少しはやる気が出て来た?」
「深海……深海かあ。前人未踏の空間ですよね、深海。あ、やる気出て来ました!」

 そうだ、わざわざ地図上にある場所ばかりへ行く必要は無い。誰も行った事がない場所、誰も見た事が無い景色。それがロマンというものではないだろうか。

「次の技能によっては、空の散歩も可能になるかもしれない。こうも旅向き技能ばかり偏っているし、飛行系技能が来たら夢じゃないわね」
「お、おお!空!昔一度だけ雲の上に移動してみた事あるんですけど、移動した後の身体を支える技能を持っていなかったので、すぐに落下したんですよね」
「『瞬間移動』持ってなかったら死んでいたわね」
「それを持っていなかったら、そもそも雲の上まで行けませんでしたよ」

 さて、話を元に戻そう。そもそも、次の取得技能を取得出来なければ、その次はあり得ない。技能の発露と言うのは何か危険な事が起こって焦った時や、怒り、悲しみ、その他強い感情を抱いた時だとも言う。
 であれば、普段はしないような依頼――即ち、モンスター討伐系の依頼に参加してみるのも一つの手だ。日常から離れ、自ら非日常を享受する。それは本末転倒である気がしないでもないが、何もしなければ何も起こらないまま。とにかく行動する事から始めよう。

「モンスター討伐系の依頼に私を連れて行ってくれるような、心の広いギルメンっていないですかね」
「貴方を使うメリットは遠くの依頼へ行けるという一点のみ。だとしたら、大物狙いの危険依頼を受けるような連中しか貴方を連れて行ってはくれない」
「ですよねー。報酬も山分けだし、私って足こそ引っ張らないけど役にも立たない、まるで空気のような存在ですし」

「あら、面白話をしてるじゃない、ミソラ!」

 突如開け放たれたギルドの入り口。そこから入って来たのはギルドメンバーのアレクシアさんだ。金の長髪に蒼い瞳。絶対的な自信を持った表情、美しい立ち姿、スレンダーな体型という何とも気の強そうな女性である。
 ――端的に言って、私は彼女が苦手だ。というか、アレクシアさん単品なら何ら問題はない。けれど、彼女の率いるグループが関わって来ると話は大きく違ってくる。誰も何も悪くない、強いて言うのならば弱い私の心が悪いのだろうが、女の世界というのはかくも難しいものなので割り切れないというのも事実。

「おはようございます、アレクシアさん」
「ええ、おはよう。それで?またモンスター討伐に行きたいんですって?良いわよ、あたし達が面倒見てあげる。あんたがいると遠くへ行けていいし、移動費が浮くし」
「えっ、いや、いつもいつも、アレクシアさんの所に寄生して悪いなって思ってて……」
「今更?気にしなくて良いわ。別にタダってわけじゃないし、こっちもそれなりにミソラには世話になってる。新しい技能、習得したいんでしょ」

 ちら、とコハクさんに助け船を求めるも彼女は「あーあ」、という顔をして奥へ引っ込んでしまった。我関せずの態度を貫き通すスタイルは嫌いじゃないが、少々手厳しいのではないだろうか。

「うーん……」
「ああ、あたしがソロだって心配してるわけ?そんなわけないでしょ、ちゃんとラルフもいるわ」

 ――ラルフさん。
 心中でその名前を呟いてみる。私は彼の事が嫌いで、それ以上に大好きだ。恋していると言っても過言では無い。彼がギルドへやって来たのは私より少しだけ後で、彼がこのギルドへ所属するずっと前からアレクシアさんとは面識があったらしい。
 よく分からないけれど、前ギルドからの付き合いで腐れ縁だとか。腐っているのならさっさと縁を切ってしまえばいいのに。
 こちらが一瞬気付かない程自然に出た、醜い感情に小さく溜息を吐く。だから嫌なんだ。最高に刺激的な依頼にはなるだろうけれど、それ以上に胃が痛くなってくる。

「あ、ラルフ来た。何でエーベルハルトと一緒なんだろ。ほら、ミソラ。依頼行くわよ、憂鬱なのは分かるけど、冒険するんでしょ?」
「……すいません、お世話になります」