03.
後ろの座席に乗り込んだ時だった。助手席の窓がコンコン、と小さく叩かれる。運転手が手元のボタンを弄くると、助手席の窓がスーッと下へスライドしていった。小さな窓から女が顔を覗かせる。
「あー、相乗り良い?何か車が捕まらなくて」
「良いけど、全員1000ルニずつ払わせるからな。そういう決まりだし。あ、嬢ちゃん。そっちのも乗せるが良いな?」
「えっ、私の了解取らず乗せちゃうものだと思ってましたよ……」
女はしかし、乗って来るかと思いきや背後を見やりこう言った。
「おじさん、乗って良いってさ。女の子が乗ってるけど、別に構わないでしょ?」
「ああ、構わんよ。いや、このまま橋渡しが捕まらないとなると海を泳いで渡る事になっていたね」
「いや無理。死ぬわ」
ガチャガチャ良いながら助手席に女が乗り、何故か私の隣に紳士を体現したようなおじさまが乗り込んで来た。しかも隣に座ったその紳士は帽子を取って軽く会釈。絵に描いたような紳士感満載である。
さすがにこれ以上は乗せたくなかったのか、やや強引に運転手が車を出す。瞬間移動時よりは軽い圧迫感に私はそっと息を吐いた。この程度なら酔わないだろう、多分。
「……あのぉ、グラン・シードにはどのくらいで着くんですか?」
「んー?15分くらいかな。え、まさかもう車酔いしたか?」
「あっ、いや、そうじゃないですけど。まだ着かないのかなぁって」
「今出たばっかり!凄いな嬢ちゃん、田舎の出とかそういう問題じゃない気がしてきた!」
車より私の方が高性能だ、と意味も無く胸を張りたくなってきた。車に乗れた高揚感でおかしなテンションになっているのだと思う。と、助手席で手鏡を見ていたお姉さんが会話に加わった。
「ああ、グラン・シードは初めてなの?凄いわよ、この街。ここにいるだけで何でも揃っちゃうし、何より水が安いのが良いわ。それに質も良いの」
「えっ、ああ、そうなんですか……」
「どういう事か分かって無いでしょ?良い?水質が良いって事は、良い化粧品、良い酒があるって事よ。君も、もう少し大きくなったら興味が出て来るんじゃなかしら?」
移住予定かな、と訊ねて来たのは隣の紳士だった。チラ、と顔を覗き見てみる。動作こそは丁寧で紳士的と言うに相応しいが浮かべる笑みは少年のように溌剌としている辺り、割と冒険家なのかもしれない。
「いえ、ちょっとしたお遣いみたいなものです。ついでにちょこっと観光でも出来たらいいなって」
「それは良い。何となく和んだよ。車内に新鮮な風を有り難う」
「新鮮な風が欲しいなら、窓を開ければ良いんじゃ……あ、後ろの座席は窓って開かないんですかね」
「いやいやいや。この状況で磯の匂いなんて車酔い待ったなしだね。勘弁してくれ」
和気藹々、まるでピクニックにでも行くかのような会話を繰り広げていると、不意に車が止まった。
「はいはい、着いたぞ。金払った奴から降りな」
すでに煌びやかな財布を持っていたお姉さんがお札を一枚、運転手へ渡し、車外へ出る。それにならい、紳士のおじさまも硬貨2枚を運転手へ渡した。私も金を払ってしまおうとバッグへ手を伸ばし、財布を取り出す。
更に1枚お札を取り出し、運転手へ渡した。
「はいはい毎度、じゃ、帰りも会えるのを待ってるぜ。お客さん達」
車を降りると、お姉さんの方は手を軽く振ってさっさと大きな門を潜り、街の中へと消えて行ってしまう。急いでいる、と言うより特に話す事も無いと言った様子だ。紳士のおじさまもまた、一礼して手を振ると街の中へ消えて行った。
一人になった私は、見上げる程もある鉄製の門を上から下まで観察する。街全体が緩い傾斜になっており、傾斜の頂点には王城らしきものが聳え立っている。近付いてみて気付いたが、これは人工島だ。鋼のボディを持つ、人間が創り出した島。絶えず水を吐き出し、それは波の音よりも高く響いている。
どういうシステムなのかは全く理解出来ないが、機械の国に匹敵するような技術が使われている事は間違い無い。余裕――否、度胸があれば街の心臓部にでも忍び込んでみたいものだ。