10.
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「ただいま戻りましたー」
ぐったりとした溜息を吐きながらギルドに戻った私は、疲れた事を隠しもせずカウンターにいるはずのコハクさんに帰還した事を伝えた。私が外へ行って戻ったらコハクさんと一番に会話するのは、最早日課だからだ。
しかし、今日ばかりはその日課が日課として成立しなかった。
というのも、コハクさんの定位置であるはずのカウンターにはフェリアスさんが座っており、追い出されたらしいコハクさんが目を白黒させてその辺のギルドメンバーが陣取っている丸テーブルに腰掛けていたからだ。
「おかえり、ミソラ。アルデアの件はちゃんと解決してきたかい?」
「え?」
フェリアスさんに穏やかにそう訊かれて返事を窮する。色々不自然な点はあるが、そもそも何故彼がアルデアさんの件だったと知っているのか。そして、知っていたとするのならば、知った上で依頼に待ったをかけなかった事になる。
私より数倍は利口なイザークさんの目が敵と対峙している時並に鋭くなった。
疑われている事を悟ったのか、フェリアスさんは両手を挙げ敵意は無いという事を間接的に示している。
「訊きたい事は一杯あるだろうけど、まずは私のギフトから説明しようか」
「え、今ギフトの話します?でも、そう言えばフェリアスさんのギフト、知らないなあ……」
付き合いの長いギルドメンバーのギフトは多かれ少なかれ、自ずと知る事になる。しかし、何故かフェリアスさんのギフトだけは知らないし、ギルドメンバーも噂しているのを聞いた事が無い。
――隠蔽しているから?
「ギフト――《不死鳥》。私はね、ミソラ。死んだら任意の時間からやり直せるのさ」
「ええ!?それって私の《瞬間移動》よりレアそうなギフトじゃないですか!」
「とは言うけどこれ以外持てないからね。もう何度人生をリセットしたか分からないよ。そういうわけで、君がアルデアに絡まれて大変な事になる未来は知ってた。でも、私が仲裁すると碌な事にならないからね。自分達で解決して欲しいなと」
巻き込んで悪かったよ、とフェリアスさんはイザークさんに小さく頭を下げる。イザークさんはというと困惑したように固まっていた。
「つまり……」
「ミソラの件に全く関係の無い君を巻き込んだのは私だよ。ミソラには『ギフトを使わなくても強い護衛』が必要だったからね。彼女はギフトさえ使えれば捕まる事はまず無いし」
「僕の研修先をミソラにしたのも考えがあるって言ってたけど、この事だったんですか」
「そうだよ。サークリスギルドにはミソラの力が不可欠だ。迷宮に行かせたのも、ミソラが着いていかなければラルフ達は5割の確率で迷宮から戻って来られなかった。エーベルハルトも強いが、彼とミソラは相性が悪くてね。何度か組ませたけど失敗したんだよ」
まるでマジックの種明かしのような体をなしているが、つまり《解析》持ちのコハクさんは最初からフェリアスさんの技能を知っていた事になる。だから盲目的とも言える程にギルドマスターに従っていたのだろう。勿論、それだけじゃなくて2人の間には確固とした信頼関係が築かれてはいたが。
「――というか、僕とミソラも相性良くなくないですか」
「えっ!?私と一緒に逃避行ランデブーするって言ってたのに!?」
「言って無いけど。驚くような事言わないでよね。……まあ、似たような事は言った気もするけどさ」
私の余計な横槍のせいか、イザークさんは酷く忌々しげに舌打ちした。そんなに嫌だったのだろうか。いや、彼の性質上、照れ隠しという可能性も――
ところで、とフェリアスさんが訊ねる。
「アルデアはどうした?ミソラに黙ってこっそり始末した?それとも、置いて来ちゃった?」
「えぇ!?」
「何でかは分からないけど、イザークはアルデアをその場で殺しちゃわない時があるんだよね」
ぶすっとふて腐れたような顔をしたイザークさんはぶっきらぼうに答えた。
「生きてると思いますけど。放置して来たし」
「じゃ、君等は今から2年ほど休暇ね。ミソラにどこへなりとも連れて行って貰いなよ。たまにはギルドに顔を出すんだよ」
私の上げた抗議の声は全てねじ伏せられた。イザークさんは盛大な溜息を吐いたものの、フェリアスさんの判断が順当なものだと感じたのか反論しはしなかったので、当然の如く私とイザークさんは旅に出る事になった。