陽気な鼻歌を唄いながらコルクボードに撮影した写真を貼り付ける。何気なく覗き込んだその写真は森の国で撮った綺麗な鳥の写真だ。光の角度次第でどんな色にも見える、不思議な羽を持った鳥だったが写真に収めてしまうとただの鳥にしか見えず、少しだけ残念な気持ちになってくる。
「イザークさーん、これ貼り終わったらどこか行きたい所ある?」
「下の階に新しい住人が住み着いたらしいけど、挨拶しに行かないの?」
境海迷宮、地下1階。フェリアスさんから2年の休暇を言い渡された後、すぐ訪れたこのフロアは私の部屋となっていた。恐らく私がこのフロアの第一発見者だからだろう。何せ、境海迷宮は海原のど真ん中、巨大魚の腹の中にあるのだ。そうそう簡単に発見されるはずがない。
そして裏を返せば、この場所はどこよりも安全な私のアトリエだった。連合軍の軍人に見咎められようと、ギフトさえ使えればここに逃げ込めばいい。
「……そういえばふうん、と思って聞き流したけど、下の階の人どうやってここを見つけたんだろうね」
「君みたいに移動能力でも持ってるんでしょ。世界に何億人の人間がいると思ってるのさ」
「確かに。えー、気になるなあ。その内会いに行ってみよっと」
持ち込んだソファにどっかりと腰掛けていたイザークさんが立ち上がる。コルクボードが壁一面掛けられている部屋をぐるりと見回し、カレンダーに目を止めた。
「そろそろ2年経つけど、ギルドに戻る?それともこのまま旅を続ける?」
「えっ。もうそんなに経つんだ。最初の1年は凄く長かったけど……2年目は短かったなあ。ちょっと物足りないくらいね!」
「だって君、最初の頃は事あるごとにギルドへ戻ろうとしてウザったいったら無かったし。まあ、最近はギルドにも顔を出していないわけだし、一度戻った方が良いかもしれないね」
「どのくらい会いに行ってなかったっけ?」
「1年と3ヶ月」
――そんなに経つのか。
私は絶句した。休暇の始めは1ヶ月毎くらいに顔を出していたギルドだったが、その間隔は段々と広がり、そして今に至る。当初はラルフさんに会えないだの、コハクさんが心配しているだのと胃痛に悩まされていたが最近ではその感情も薄らいだ。
「1年も会ってなかったら、私だってみんな分からないかも!」
「大丈夫。君、何も変わってないから」
「そりゃ、毎日顔を合わせてるイザークさんはそうかもしれないけど、当時17歳の1年3ヶ月って面影消えるでしょ!」
「そうかもしれないけど、別人になる訳じゃ無いんだからさあ。というか、早くそれを貼り終わってくれる?待ってるの退屈なんだけど」
「はーい」
上機嫌になった私は写真の端を画鋲で留める作業に戻った。ここ2年で部屋のコルクボードを全て埋め尽くす勢いで撮られた写真の数々。何か面白い写真を数枚繕って持って行こうか。話のネタになるし。
「ね、イザークさん。お土産は何が良いかな。夏だし、アイスとか?」
「アイスなら海の国へ行って買いたい。あそこの、美味しいんだよね」
「いやいや、イザークさんの好みじゃなくてギルドへのお土産の話なんだけど。アイスっていうか、冷たいもの……ソーメン?」
「勘弁してよ。飽きるんだよ、あれ」
2年も運送業を休暇していたし、お客さん離れてるだろうな。嫌な事も一杯あったけど、それなりに楽しい仕事だったのに。また一から始めるのも悪くないけど。
「ギルドに戻ったらさあ、運送業再開しないとね。夕暮れの国のモルフィさんとかも、またアンデット討伐依頼とか始めてるだろうし、楽しみだなあ」
「討伐依頼は君の管轄じゃないでしょ。というか、モルフィさんって誰」
写真を纏めた私はイザークさんの方を振り返った。
「よし、帰ろうか、サークリスギルドへ!」
配達のシフトはどうしようか、新しい人達は入ったのか、ラルフさんやアレクシアさん達も元気だろうか。
でも色んな国を旅するのも悪く無かった。
私は上機嫌でイザークさんの手を取り、懐かしのギルド裏をイメージする。視界が揺らめいた先には、少しだけ古くなったギルドが鎮座していた。