第12話

08.


 ギフトなど無くても、騎士は騎士だった。
 様子を見るようにフェザントさんの攻撃を躱す、たまに攻撃を繰り出す、という行動を繰り返していたイザークさん。しかし、いつまでも続くかに思えた攻防は瞬きの刹那には終わっていた。
 フェザントさんが不意に右の拳でストレートをかました。それをイザークさんが回転するように真横に避ける。攻撃を外した事で泳いだフェザントさんの脇腹に短剣を突き出した。
 ぱっ、と鮮やかに散った鮮血を見て思わず私は悲鳴を上げる。イザークさんに呆れた目で見られた。
 フェザントさんが低く呻いて床に崩れ落ち、ぐったりと身体を丸めているのが見える。明らかに重傷だし、何か変なギフトを持っていない限り――ああいや、この家でギフトは使えないのか。

「よし、あとは一人。殺人組織オルニス・ファミリー……。全員で懸賞金は幾らくらいになるんだったかな。一儲け出来そうだね」
「それは良いけど、それ以上近付いたらミソラちゃんを撃つよ?いいの?」

 フェザントさんに気を取られていれば、後頭部に何か硬いものがコツンとぶつかった。それがアルデアさんの持っている銃の銃口である事は明白だ。私は息を呑んで硬直した。ギフト以前に銃弾など当たれば怪我じゃ済まない。

「あっそう。じゃあ、僕はあんたが諦めるまでここに突っ立っていようかな。けど、そっちの大男は放っておくと10分もせずに失血死すると思うよ。ま、殺人ファミリーだって言うし、仲間が一人や二人死のうがどうだって良いのかもしれないけれど」

 アルデアさんが苛々と爪先で床を叩いているのが分かる。
 撃ってくる気配が無くなったので、私はそろりそろりと周囲を見回した。いくら何でもこの緊張状態で数十分も立たされると具合が悪くなってしまいかねない。というか、精神が保たない。どうにかして抜け出せないものか――
 視線だけを動かして背後を見る。アルデアさんは意外にもすぐ後ろに立っていた。思った以上に近い、身動ぎしてしまえば私の背がアルデアさんに触れてしまいそうなくらいに。
 いや待て、確か以前、コハクさんに後ろから襲い掛かられた時の対処方を教えて貰ったはずだ。「ミソラは鈍いから、ちゃんと覚えて」、そう言われたのを覚えている。
 イザークさんとアルデアさんが睨み合っているのを良い事に、左拳を握りしめ、思いきり肘を後ろに引いた。

「ぐっ……!?」

 私の肘鉄は的確にアルデアさんの腹を抉り、後頭部にあった銃口の感覚が消えた。身体は丈夫な方ではないのか、アルデアさんは二三歩下がり、小さく呻いている。それを確認し、駆け足で殺人鬼から離れた。
 呆気にとられたような表情をしていたイザークさんが動く。先程、フェザントさんを一突きにした短剣を構え、体勢を崩しているアルデアさんへバネが伸びるようにしなやかな動きで突き出す。
 しかし、身体こそ言う程丈夫ではないにしろアルデアさんはそれを上手い事躱す。代わり、イザークさんの目と鼻の先、眉間に銃口を向けた。距離は数十センチしか離れていない。

「イザークさん!」

 咄嗟に私はあった椅子を両手で掴み、私の事などすっかり忘れているアルデアさんの頭にそれを振り下ろした。がつん、という確かな手応え。ギフトが使えないという事は即ち、あのアルデアさんのすり抜けが可能なギフトも使えないという事だ。
 あまり強く殴ったつもりは無いが、何か良い感じの場所に椅子の脚が当たったのだろう。アルデアさんが声もなく床に崩れ落ちた。

「……トドメを刺し損ねた」
「ぶ、物騒な事を言ってないで、逃げようよ!いつイカルガさんが戻って来るか分からないし……!」

 クルクルと短剣を手の中で弄んでいたイザークさんの視線は床に伸びているファミリーのボスへと注がれている。酷く冷ややかなその視線は、確かな殺意を孕んでいるように思えた。

「イザークさん?」
「いや、やっぱり殺しておこうと思って。復活したらまたしつこく絡んで来る事は間違い無いし」
「えっ、でも……軍の人に任せればいいんじゃ」
「軍人を誰が呼びに行くのさ。やっぱりここで殺しておいた方が、建設的でしょ。それとも何、庇うわけ?」
「そうじゃないけど……。でも、倒れてる人を刺し殺すなんて、そんなの……」
「まあ、後味は悪いけどね」