第12話

06.


「ミソラちゃん、僕の仲間になるのならここから出してあげるよ?勿論、仲間っていうのは助け合うものだからね!僕達の移動を手伝って貰う事になるけど」
「それ、私だけがあなた達を助けてる事になるじゃないですか」
「そんな事無いよ?ミソラちゃん、人を殺すのに抵抗があるみたいだし、嫌いな奴がいたら代わりに僕が殺したって構わない。君の自由を阻害する全てを殺害したって、僕には罪悪感なんて欠片も無いからね」

 殺して欲しい人物など1人たりともいないし、腹が立つような相手がいたとして、死んで欲しいとまでは思わない。そもそも、誰かに頼んで殺して貰おうという発想がまず湧かない。

「――私、殺して欲しい人なんて、いません」
「本当に?逃げ帰ったのか知らないけど、一緒にいた彼は?君、いびられてるんでしょ。あの騎士崩れに」
「別にいびられてません」
「あ、そう。じゃあ恋はしてない?」
「……」
「正直だよね。上手く行ってる?邪魔な奴を消してやってもいいよ?」

 言葉に触発されて、一瞬だけアレクシアさんの顔が脳裏を過ぎった。けれど、私と彼女はお友達。或いは擬似的な姉妹のような関係性だ。死んで欲しいだなんて、やはり欠片も思わない。
 それよりも、何故この人は簡単に人を殺すだの何だのと発言するのか。殺す相手だって自分と同じ人間だとは思わないのだろうか。そうだとしたら、共感性が欠如しているとしか思えない。
 その心理は怖いモノ見たさに似ている。相手は拳銃を持っているが、その銃口が地面を剥いているのを良い事に、私は恐る恐る訊ねた。

「どうして、そんな簡単に人を殺すとか、人道に反する事を言うんですか?」
「僕達が自然的な存在だからさ。逆に聞くけれど、どうして君は人を殺してはいけないと思うんだい?法律?それとも、君が言うように道徳の観点から?」
「そんなの、殺された人にだって大切な人や大切に思っている人がいるからで……」
「報復が恐いの?じゃあ、皆殺しにすれば解決だね」
「法律とかの話はしたくないですけど、人殺しは紛うことなく犯罪ですよ!」
「だけどその法律は人を殺さない動機にはならないよね。だって、法律が物理的に行動を制限する訳じゃ無いし。僕達は自由なんだよ、ミソラちゃん。というか、自由を有しているのさ。結局は、法律なんて文字の羅列で人間の感情を抑え込む事なんて出来やしないし」

 ――言っている事が何一つ理解出来ない。
 まるでどこか違う文化圏、何もかもが違う異星人とでも話をしているかのようだ。茫然と口を閉ざした私にアルデアさんが優しく微笑み掛ける。

「ね?結局は君も、どうして人を殺してはいけないのかなんて確かな答えを持ってる訳じゃ無いよね。周りの人がそうだから、犯罪者になって生活が大変になるのが嫌だから。適当な理由をつけて忌避しているにすぎないのさ」
「そんなの……」
「今すぐに殺したい人間を捜せ、なんて言わないよ。だって君、僕よりずっと若いからね。だけど生きていれば絶対に出て来る。目の上の瘤でしかない、憎しみ以外抱けないような相手が」
「出来ませんよ、殺したい相手なんて……」
「そうだなあ。例えば、君が将来家を買って、隣に住んでいる人物が変な人だったら?銃で鳥を落としたり、君の家に毎日来て覚えの無いクレームを付けて来たらどうする?折角買った家を手放して引っ越す?そんな奴の為に?」
「……」
「断言しようか。その必要は無いよ。君には隣人を殺害する自由がある。その時に僕の仲間になっていたら、僕に頼めばいい。それだけさ。そして、そんな事になって人を殺したいと願い祈っても、僕は君を否定したりはしないよ。殺意だって人間が持ちうる立派な感情だからね」

 呼吸が浅くなる。真面目に聞くべき話でない事は明白だが、それでも彼の言葉を拾ってしまう。
 そうだ、私なぞ所詮はまだ成人すらしていないただの小娘である。人生経験をある程度積んでいる彼等に対し、未来を語る事は実に愚かしい。砂漠の国で会った看守にもそう言えば似たような事を言われた。
 ――「……殺してしまおうか?」
 いつかイザークさんがポツリと溢した、人間の真理のような台詞が鮮やかに甦る。アルデアさんは殺したい相手がどうの、と言っていたがいなくなって欲しい相手ならば間違い無くアルデアさんその人だ。