第10話

07.


 やって来た階段はいつぞやの水嶺迷宮と似たような造りになっていた。私は怯えながら周囲を見回しつつイザークさんを追う。

「――あれ」

 階段を降り立った先、あったのはただただ広がる何も無い空間だった。壁と床があるだけ。巨大生物の体内という感覚もなければ、かといって水嶺迷宮で見たような個性的な『何か』があるわけでもない。
 閑散としている。

「何にも無いね……。何も無い部屋が好きな管理人がいるのかな」
「そんな面白味の無い人間が管理人になるとは思えないけれどね。あ……!」

 周囲を見回していたイザークさんが不意に何かを見つけた。釣られてそちらを見るとすぐに合点がいく。
 また看板が立っていたのだ。私達が境海迷宮と認識した時に立っていたような、あの看板が。

「イザークさん、何て書いてあるの?」
「入居者募集中」
「空き部屋って事?というか、この部屋階段も無いよね」
「地下1階に誰も住んでいないから、以下の階が無いんじゃないの。まあ、僕は迷宮に住みたいとは思わないけどね」
「えー、私は住みたいなあ。折角カメラ貰ったし、部屋の壁という壁に撮った写真を貼りまくる」
「それは大層な野望だけど、ここ来るの大変――ああ、君はここにいつでも来られるんだったね。ふとした拍子に頭から抜けるよ」

 興醒めした、とイザークさんが私の傍に戻って来る。

「じゃあ、帰るよ。もうそろそろギルドに戻らないと。流石に何も片付けしないって言うのも悪いだろうし」
「イザークさん、サボれて嬉しいって……」
「もう粗方片付いてるでしょ。時間も結構経ってるし」
「片付け最後だけ手伝おうって腹な訳ね」

 ガッシリとイザークさんを掴んだ私はギルド裏をイメージする。誰も見ていないので、ギフトは使い放題だ。

 ***

 誰もいなくなった境海迷宮地下1階にて。
 部屋の中心に立っていた看板の文字が、さながら虫が這うように蠢く。それは形を変え、質量を増やし、看板に新しい文言を綴った。

 ――『入居者はミソラさんに決まりました。彼女の権限により、地下1階を造り替えます。これより、フロアの管理人は彼女になりました。地下1階における彼女の発言は絶対であり、彼女こそがルールです』。

 地下2階へ行く為の階段が生成される音、フロアが改造される音が誰も居ないその空間に響き始めた。

 ***

 ギルドへ戻ってすぐ、私は今日あった事をコハクさんに話した。境海迷宮の事だ。しかし、私の話を半分しか聞いてなさそうな顔をしていた彼女は、イザークさんを視界に入れるなり、こう言い放つ。

「おめでとう、イザーク。貴方、新しいギフト技能を獲得しているわ」
「……は?」
「『盾』。悪意のある攻撃を一定確率で無効化する、グレードの高い防御ギフト。上手く使って。あと、何か良い事でもあった?」

 唐突な技能獲得の報告。呆気にとられた顔をしていたイザークさんの表情はコハクさんの最後の一言で一変した。あからさまな舌打ちをし、まだ片付いていないギルド隅に突進して行く。
 コハクさんの言葉に何を思ったのかは本人でないので何とも言えないが、片付けを手伝う気になったようで何よりだ。私もいじけている暇は無いので手伝いに加わろう。