第10話

06.


 ***

「暗っ……」

 全く何もかもが見えない程では無い、しかしどことなく目が疲れるような薄い光量だ。湿った風が頬を撫でている。始まりと終わりがない洞穴に入ったような気分だ。

 私の隣に蹲っていたイザークさんが苛々とした口調で訊ねた。

「ちょっと、どうするのさこれ。出られるんだろうね」
「というか、ここは何?」
「あの巨大魚の胃の中なんじゃないの?呑み込まれたんだからさ」

 ――生臭そう。
 生存している、という余裕からか脳が取り留めもない思考をバラまくのが分かる。混乱している、とそう言うのだろう。
 溜息を吐いて数歩後退ると、踵に何か触れた。

「看板だ!」
「何て書いてあるの?」
「――きょうかい……境海迷宮」

 読み上げた私も思わず二度見するような内容だったが、心ここにあらず、といった体のイザークさんもまた自らの目で看板を覗き込んだ。
 よくよく見れば、その看板は水嶺迷宮に立っていた看板とそっくりだ。一体誰が看板を立て、しかもシャレ乙な迷宮の名前を考えているのだろう。
 ――というか、もしかしなくともここは迷宮の1階?
 現実逃避を止めた脳がじんわりと現状の危うさを理解していく。

「ど、どどど、どうしようイザークさん!私達、今度こそ八つ裂きにされるかも!!」
「凄いね、本当に迷宮なんだ、ここ。そもそも1階に到達出来る割合がかなり低そうだ。世紀の大発見だね、ミソラ」
「言ってる場合じゃ無いでしょ!何でそんなに落ち着いてるの!?」

 ハァ、とイザークさんは煩わしそうに眉根を寄せた。

「逆に何で君はそんなに慌ててるのさ」
「何が起きるか分からない状況で、落ち着き過ぎてるのも不気味だよ……。私の半分くらいは慌てたっていいじゃん」

 慌てる必要は無いでしょ、と微かにイザークさんは笑みを浮かべた。

「君がいればいつだってギルドへ帰れるんだから、下手に慌てる意味はないよ。それとも何、帰れないの?」

 私は愕然とした。
 移動ギフトを持つ私より、イザークさんの方がギフトの性能を過信している。以前、幽霊屋敷へ行った時にギフトが全く役に立たなかった時の事を忘れたのだろうか。

「前人未踏の迷宮だと思うし、ちょっと探索してみる?地下へ行く階段も、あるみたいだしね」
「この上無くアクティブだね、イザークさん」
「大体の場合において帰れる保険が着いてるからね。多少は無茶するさ」

 水嶺迷宮の時とは違い、私の身を護ってくれる人物はイザークさんしかいない。
 そう思えば足を止める事など考えられなかった。すでにスタスタと歩を進めている相棒を追って駆けだした。