11話 軌道修正の力

04.思わぬ助け


 最初の1人2人はどうにか殴り飛ばせた。が、それも長くは続かない。次から次に伸びて来る手を完全に躱すには、私の体術のスキルは拙過ぎた。あれよあれよという間に入りたくなかった路地裏に連れ込まれていた。

 似たような服の連中は感情の伺えない顔で黙ってこちらを見ている。人数は倒れている数名と足して十数名くらいか。予想の倍以上の大人数で来たらしい。本来のリオールはただの受付嬢なので、こうして大勢で構えている理由がまるで分からない。
 しかも、彼等は一向に私に対し死に至るような暴力を振るっては来なかった。顔を見合わせた彼等の中の一人が口を開く。

「おい、例のブツを置いて行きな」
「え? 何ですか? 例のブツ……?」

 ――全く心当たりが無い。
 そもそも彼等とはどう考えたって初対面だ。それが、私の何を欲しがると言うのだろうか。甚だ疑問である。
 加えてリオールの死亡イベントの詳細はゲーム内のシナリオを全てひっくり返しても不明瞭だ。ヒロイン視点から見れば、ある日ギルドへ行ったら唐突に彼女の訃報を知らされるだけだからである。
 よってプレイヤーだった私にもこれが正規の手順で進んだ結果の問答なのか推し量る事が出来ない。

 私も意味不明な状況に狼狽えているが、彼等もまた疑問を返されて狼狽えているようだった。微妙な空気の中、もう一度顔を見合わせた彼等が再度口を開く。

「惚けるな。例のブツだ、つってんだろうが」
「知らんて……。え? どんなブツなんですか? 本当に心当たりが無いんですけど。人違いでは?」
「巫山戯るな!!」

 巫山戯るなはこちらの台詞だし、怒鳴られようが何の話をしているのか分からないので対処のしようがない。
 最早、ギルドの事務が付け狙われているのではなく私自身が狙われているかのようだ。その理由も不明だし、身動きが取れない。

「まだしらを切るってんなら、こっちにだって考えがある」

 意識を飛ばしている間に僅かに激昂した男の一人がそう言って拳を握り締める。すぐに暴力に訴えようとしてくるあたり、本当に治安の悪い世界だ。
 しかし困った。現代っ子なので『ブツ』とやらを渡して解放されるのなら渡してトンズラしたい。正直な所、人に渡して困るような持ち物など無いからだ。全部命よりは大切じゃ無い物。
 頼むから例のブツが何なのか教えてくれ。逃げ出したい。

「し、知らないんですって本当に! なんか、特徴とかないんですか!? 例のブツで初対面の相手が言う事理解できるパターン、そうそうないですけど!!」
「ぐっ、コイツめ正論を……! もういい、道端で声を掛けても入手出来るようなブツなのは確かなんだ。コイツ事持って行けば問題無いだろ!!」
「ぐぬぅ、こっちもとんだ正論!!」

 ジリジリと大人数が一人を追い詰める為に躙り寄ってくる。これはもう、一旦大人しく捕まった方が良いかもしれない。何せ私が今手に持っているのは財布と家の鍵くらいだ。盗られて困る物は財布しかないが、財布も自分の命より重い物ではない。

 ――が、これが日頃の行いというものなのだろうか。天は私に味方した。
 背後でガシャン、という破壊的な音が響く。まだ連中の仲間が増えたのかと思ったが、目の前のチンピラ達も驚いたような困惑した顔をしていた。
 状況が可笑しい事に気付き、目の前のチンピラを刺激しないよう背後を見やる。

「お前、また面倒な事に巻き込まれてるのか?」
「エッ!? お、オルヴァーさん!?」

 これは幻覚か? 何故か推しメン事、オルヴァーが仁王立ちして怪訝そうな顔をしていた。そんな表情をしたいのはこちらの方だ。
 ただ状況について訊ねている暇は無い。その認識は彼も同じだったのか、事務的な問いを発する。

「これは――お前のお友達か?」
「いや全然知らん人なんだけど。私が持ってるらしい『例のブツ』が欲しいとかで。心当たりなさ過ぎる……」
「そうかよ。まあいい、一人二人くらい捕まえてあとは追い払うか」
「え、助けてくれるの?」
「そのつもりが無ければ、そもそも乱入したりしない」

 舌打ちしたオルヴァーが拳を握り締めた。流石にこの場で人を簡単に殺す事が可能な鉄の塊みたいな大剣を振り翳す気はないらしい。