11話 軌道修正の力

05.報告


 ヒロインよろしく突っ立っている訳にもいかないので、オルヴァーに倣って拳を構える。幸い、護身術から相手を絞め落とすような荒技まで満遍なくオスカー先生から叩き込まれているのだ。こんな路地裏で魔法を使えば目立つし引火やその他諸々が恐いので、ここは肉体言語一択である。
 オルヴァーは私をチラリと一瞥するや否や、手近な一人に襲い掛かる。

「うわっ、何だコイツいきなり!」

 雑魚の戯言、と言わんばかりにそれを無視した彼の右ストレートが男の顎を打ち抜く。えげつない音がしたし、何なら拳を受けた男はその場に崩れ落ちた。
 ――あれ? もしやこれ、私は要らない……?
 そもそもフィジカルが違うし、ポテンシャルも違う。オルヴァーの一撃は大きな象の一撃であるにも関わらず私や周囲の襲い掛かって来た連中はただの人間だ。こんなもの、素手でペチペチ叩いているのと同程度である。

 あっと言う間に伸した連中の山を築き上げたオルヴァーに、残ったモブ達が狼狽えたように撤退を始める。仲良く大勢で登場したのに、引き際はバラバラ。悲しい友情の終わりをみた気分だ。
 呆然とそれを見送った後、オルヴァーが倒れている男の一人の襟首を掴んだ。男は目を回しており、質疑応答が出来る状態ではない。

「全員を運ぶのは面倒だ。取り敢えずコイツだけ連れて戻るぞ」
「も、戻るってギルドへ?」
「それ以外にどこ行くつもりだ」

 そういえば助けてくれたオルヴァーにまだ礼を言っていなかった。そう思い出した私は忘れる前にと言葉を述べる。

「あー、オルヴァーさん。助けてくれて有り難う」
「別に。それより、コイツ等はお前そのものを狙っているみたいだったぞ。何やらかしたんだ……」
「マジで心当たりが無くてですね……」

 どこから取り出したのか、手早くロープで男を縛り上げたオルヴァーは、それを荷物のように担ぎ上げる。とても重そうに見えるのだが、人外の彼にはそうでもない重量なのだろう。改めて種族差について考えさせられる光景だ。

「そういえばオルヴァーさんは、どうして私がこんな所にいるって分かったの?」
「アリシアが何故か早くギルドを出ろって急かして来たからだな。今思っても意味が分からん。何がしたかったんだアイツは」
「あ、ああ。アリシアさんね……」

 アリシアの話を聞いたせいで、オクルスの件を芋蔓式に思い出してしまった。どうしよう、彼にオクルスの件を知ってしまったと伝えるべきだろうか。

 黙っておく事は出来る。が、他でもないオルヴァーは相談室の常連者だ。私が何も知らないふりをしていれば、今後もオクルスについての話を持ってくる事だろう。
 その時に素知らぬふりが出来るかと問われれば、その場面に出会さないと何とも言えない。
 ――取り敢えず、今言う事じゃ無いのは確かだよなあ。
 見た事も無い連中に付け狙われている状態で暴露する内容ではないと判断した。何故ならオクルスの件は後回しにしていたとしても、差ほど大きな問題は無いからだ。

 ***

 そのままの足でギルドに戻って来た。ロビーはこれからお仕事の、所謂夜型メンバーでそこそこ賑わっている。それを横目に足を止める様子が無いオルヴァーの後を追った。

「どこに向かっているの?」
「マスターの執務室に決まってるだろ」

 慣れた足取りだ。何度もギルドマスターの私室に行った事があるのだろう。彼等もよく物を壊すので、その報告などの賜かも知れない。
 部屋に辿り着き、オルヴァーがドアを乱暴にノックする。ややあって、中から間延びした声が聞こえてきた。

「はいはーい、どうぞー」
「邪魔するぞ」

 椅子に座り、明らかにサボっている様子だったギルドマスターが私達を見て瞬きする。驚いている様子に聞こえるが、実際はとても白々しく態とらしいリアクションだ。それをオルヴァーも感じ取ったのだろう。眉間に皺を寄せて何か言いたげだ。

「どうしたの? 面白……いや、珍しい組み合わせじゃん」
「御託は良い、報告がある」
「せっかちだねぇ。何? まあ、ちょっとだけ予想は付くかなあ」

 ニヤニヤと真意の読めない笑みを浮かべる彼は楽しげだ。
 まともに打て合うだけ時間の無駄だと思ったのだろう。オルヴァーが淡々と先程の出来事を文字通り報告する。