9話 爆炎キョウダイ

11.兄弟喧嘩の行く末


 ***

 ラヴァが来てから十数分。あれだけ手こずった兄弟喧嘩の仲裁は完了していた。最早、ほぼ母が鉄拳制裁を下しただけである。
 彼女が蹂躙し尽くした後の光景は凄惨の一言しか出なかった。死屍累々。すっかり撃沈して生気の無い兄貴組に、顔を真っ青にした末っ子。まさに野焼き後の平原といった調子だ。

 ――私は身内じゃない、私は血縁者じゃない、私は一介の生徒。
 そう自身に言い聞かせて心の平静を保ち、何事も無かったかのように引き攣った笑顔をお母様に向けた。彼女だけは元気一杯でいつも通りの艶やかな笑みを浮かべている。

「待たせて悪かったわねえ、シキミ」
「いっ、いえいえ……。解決したようで何よりです」

 私達の会話で我に返ったのか、次男スタフティが眉根を寄せた。

「さっきから思っていたのだけれど、彼女は結局、なんなんだい?」
「妾の生徒、シキミよん。ほら、何日か毎にレッスンをしていたでしょ?」
「ああ、例の……」

 頷くスタフティがこちらを見た。ビジネス然とした感じの良い表情を作る。

「先程は悪かったね。少し頭に血が上ってしまって。怪我はしていないかい?」
「はあ、大丈夫です」
「そうか。兄さんから変な事とかされなかったかな? 急に爆破されたり……」
「してねぇ、つってんだろ」

 プロシオが唸るように口を挟む。それを弟は鼻で笑った。

「どうだか。すぐに何でもかんでも爆破爆破爆破……登る炎の美しさも知らない兄さんは、粗野で野蛮だからね。女性に何するかなんて分かったものじゃないさ」
「美しさ云々は関係ねーだろ。というか、俺は別に爆発に美しさは求めてねぇんだよ。要は派手なら何でも」
「派手なだけでは駄目だね、風情が無い。まあ? 兄さんに風情が理解出来るのかは僕にも分からないけれども」
「風情だ何だって女々しい事ばかり言いやがって。実行力の無い雑魚はこれだから。机上の空論ってんだよ、お前のは」

 あらあら、とラヴァが目を細める。瞳に剣呑な色が宿ったのを見て、私は恐る恐る後退った。これは第三ラウンドの幕開けを感じる。巻き込まれるのはごめんだ。
 なお、その後やはり第三ラウンドが開始され、ラヴァに兄2人が沈められるまで飛び火の恐怖に晒される事と相成った。

 ***

 2時間後。ギルドに戻って来た私は相談室の戸締まりを終え、帰宅するべくギルドのロビーを目指していた。鍵を元の場所に戻してから帰らなければならないからだ。

「――……あ」

 人が疎らになったロビーに見知った背中を見つける。今日は全く顔すら見なかった、オルヴァーだ。パーティメンバーは近くにいないようだ。
 しかし、状況は殺伐としている。遠目から見てもオルヴァーは何やら揉めているようだ。目を凝らして状況を確認する。

 オルヴァー1人に対し、顔に特徴の無い男性3人が言い争っていた。あの様子だと手を出すような喧嘩に発展するのも時間の問題だろう。暴力沙汰についてオルヴァーに対し心配は無いのだが、如何せん見た事のあるようなイベントの気がしてならない――
 いや、思い出した。これは親友モブ、リオールの死亡イベントに繋がるフラグだ。オルヴァーに絡んでいる男達は元・闇ギルドの構成員で、その闇ギルドを潰したうちのギルドに恨みを持っている。
 今もああやってギルドメンバーに難癖を付けているのだ。確か、彼等に絡まれる人物はヒロインが選択した個別シナリオによって異なる。
 今回ベティはデレクルートに入っていると思われるが、デレクは設定上、闇ギルドの構成員に絡まれるような動きをしない。よって、絡まれる役に回るのは武闘派と銘打たれる構成員の中からランダムチョイスとなる。

 長く前置きしたが、元闇ギルド構成員の目的は、このギルドに報復活動を行う事だ。彼等は大変姑息な性格で描かれており、いの一番に狙うのはギルドでクエストを受ける冒険者ではなく、受付などをする戦闘をしない構成員である。
 そこで白羽の矢が立ったのが、私が憑依しているモブ、リオールだ。彼女の失敗は唯一つ。作中で唯一無二の存在であるヒロインの親友ポジションとなったにも関わらず、モブ立ち絵しか与えられなかった事だろう。

「……帰ろう」

 一瞬だけオルヴァーに声を掛けようか迷ったが取り込んでいるようだし、何より彼等に近付くという事はより濃厚に死へ近付く事になりかねない。薄ら寒いものを覚えてしまえば声を掛けるという選択肢は瞬く間に消え失せてしまったのだ。