9話 爆炎キョウダイ

09.喧嘩の仲裁


 そうと決まればスピサの動きは迅速だった。出来れば声を掛けるだけで止まって欲しいと思っているのか、両手をメガホンの形にして叫ぶ。

「兄ちゃああああん!! 依頼書が紛失した時の再発行方法、この人から聞いたよおお!! だから一旦、喧嘩をやーめーてー!!」

 腹の底から出たような声だった。しかし、爆音と兄弟達が罵り合う声で全てが掻き消される。恐らく私が加わって声を張り上げたところで結果は変わらないだろう。
 既にうんざりした顔の末っ子は悪い顔色ながらも盛大に溜息を吐く。

「……あなた、お母さんの生徒だったっけ?」
「まあ、そうだね」
「名前は何だった?」
「……シキミです。よろしくね?」
「そう。じゃあシキミ、お兄ちゃん達を止めないと。お母さんの失った信頼を取り戻せるのはここしかない。どちらかを止めれば、自然と喧嘩が終わるはず」

 ――無理じゃない?
 危うく言葉にしかけたが、寸前で呑み込む。代わりにドンパチしている爆炎兄弟に目をやった。目が据わっていて明らかに正気では無い上、高火力且つ爆発魔法ばかりを乱発して今もなお建物を破壊したり道を粉砕したり、破壊活動に勤しんでいる。
 とてもではないが、近付けば無機物諸共爆破される未来しか見えない。というか、私如き一般人にハーフ精霊達の争いなど止められるビジョンが湧かない。
 スピサに私をくっつけた所でそれは変わらないだろう。それどころか、戦闘に関して経験の浅い私が加われば逆にお荷物を増やす事になりかねない。

 以上を鑑みた結果、どうにかスピサの申し出を考え直して貰おうと口を開く。

「ね、ねえ、落ち着こう? 無理だよ、私くらいが加わったってどうしようもないから。焼死体が増えるだけだよ……」
「あなた、お母さんに何を習っているの? 魔法ではない、別の何かを習う生徒なの?」
「確かに魔法は習っているけれども」

 ある程度下地が出来ている生徒と、ゼロからスタートの私では話が違う。が、それを説明している暇など当然無かった。
 どうするべきか思案する為の沈黙を、肯定と受け取った末っ子に手を引かれて爆心地へと近付いて行く。罪人の気分だ。私が何をしたと言うのだろうか。

「いい、シキミ? 見ての通り、私達はサラマンダー。火の精霊だから、シンプルに水属性の魔法に弱い。私はそれを上手く扱えないから、あなたが水魔法を使って」
「んんっ……! 私も先生がラヴァ先生だから、炎以外の魔法はそんなに得意じゃないんだけどなあ」
「何を言っているの。お母さんから貰った魔道書には一通り属性魔法の記述ページがあるでしょ。オーダーメイド品でもないし」

 低く呻り、ページを捲る。一度も使った事が無い水魔法が並ぶページはあるが、当然初使用だ。上手く使えない可能性は大いにある。
 覚束ない様子にさしものスピサも不安を覚えたのか、一緒に魔道書を覗き込んできた。術式を見ながら眉根を寄せる。

「私達は水魔法が基本的に使えないから、見た事の無い術式ばかり……」
「ラヴァ先生も使えないのかな?」
「お母さんは私達よりもっと水と相性が悪いから、無理だと思う。水魔法や氷魔法を使いたいのなら、他の先生にも指導を受けた方が良いわ」
「そうだよね……」
「じゃあ取り敢えず、コレ、使ってみて。ちょっと頭から水でもぶっかければお兄ちゃん達も動きを止めるはず」

 動物同士の縄張り争いを仲裁するかのような発想だ。相手は知的生命体なのだが、本当にこの方法で大丈夫だろうか? 逆上して襲い掛かって来ないのか?
 が、悩んでいる暇は無かった。期待の籠もった目でスピサが私を見ている。人間であるあなたなら水魔法も使えるでしょ、という眼差しだ。

 少しだけ躊躇した私は自信が無いながらも、彼女の意に沿う承諾の意を示した。

「わ、分かった。やってみる。でも初めて使う魔法だから、失敗しても怒ったりしないでよね」
「押せばやってくれるとは思ったけど、大成功すると思う程期待している訳じゃないから。平気」
「ど、ドライ……!!」

 頭を抱えながら術式を丁寧に紡ぐ。属性は違えど、魔法を使うという一点において見れば水も火も風も似たようなものだ。感覚が少し違うが、誤差で済まされるだろう。大仰な魔法を使うのであればもっと精密に術式と感覚を併用しなければならないが。
 集中する事、1分弱。丁寧に編み上げた術式が発動し、説明通りの現象が顕現する。

 バスケットボールくらいの水球が3つ、術式の指示に従って出現した。これをまさにボールよろしく、二人の頭にぶつければ文字通り頭から水を被る事になるだろう。驚いて動きを止めるくらいの水量はある。
 あとはこのボールを放る私のエイム能力だけが頼りだ。

「い、行くよ……! やるからね!?」
「早くして、シキミ」

 スピサに後押しされる形で水の球を放る。1つは長男・プロシオへ。1つは次男・スタフティ、残った1つは二人の間へ。