9話 爆炎キョウダイ

05.人気投票の上位者


 それで、とそっぽを向いたスピサが声を掛けてくる。

「あなた、怪我は無いの?」
「あっ、うん、平気」

 ――こういう所だなぁ!!
 私はニヤける顔を必死に真顔に戻しつつ、心中で叫ぶ。そう、彼女はこういう所が本当に可愛い。人間風情が、というスタンスだが弱い生物と認識しているからなのか、ちょっとだけ優しいのだ。

 そんな彼女の顔は心配、と言うより「本当にニンゲンって弱い生き物なんだな」という顔立ちだったが。

「それで、私の兄弟達なんだけど。さっき、お兄ちゃんが見えたから。もう一度会って止めてみる。そこで大人しく待ってなさい」
「お兄ちゃんって、どっちの?」
「え? あ、ああ、スタフティお兄ちゃんの方」

 次男か。長男の方は人の話をまるで聞かないので接触自体が危険だが、次男であれば話し合いで解決出来るかもしれない。尤も、この短時間で頭が冷え、多少冷静に戻っていればだが。
 諸々の事情を鑑み、スピサの言う通りここで待っていた方が良いようだと判断した。というのも、兄妹で話をしているのに部外者である相談室の管理人が割って入った所でどうしようもないからだ。むしろ、逆に警戒させてしまいかねない。ラヴァ系列のメンバーとはまだ、リアルで会った事が無いからだ。

「えーっと、じゃあ私、ここで待ってるね」
「あなたは弱いから、すぐに戻って来るけれど。勝手にどこかへ行ったりしないでよ。私がお母さんに怒られるんだから!」
「うんうん、いってらっしゃい」

 釈然としない顔をしたスピサはローブを翻し、足早に去って行った。
 そういえば、ラヴァはどうしたのだろうか。魔法に巻き込まれて怪我、なんて事には恐らくなっていないだろうが、はぐれてしまって不安だ。

 ***

 スピサがお出掛けしてから、十数分が経過した。末っ子が戻ってくる気配は一向に無い。
 爆発音は止んでいる状態だ。スピサ、もしくはラヴァがしっかり兄弟喧嘩を止めたのかもしれない。
 ――まさか、忘れられてるって事は無いよね?
 いや、あり得ない話ではない。私はラヴァ先生とは先生と生徒という繋がりがあるが、そのご家族とは一切の面識が無いのだ。すっかり忘れ去られていても不思議では無いどころか、それでファイナルアンサーのような気さえする。

「どうしよう、捜しに行った方がいいの?」
「ウジウジしてる暇があったら行った方がいいんじゃね?」
「ぎゃッ!?」

 独り言への答えがあった。悲鳴を上げて固まる。
 正面には誰も居ない。視界に入る範囲内に人影は無いのだ。であれば、背後。後ろを取られている。
 心臓が早鐘を打つ。口から飛び出そうになる臓物を正しい場所へ戻すような心持ちで精神を落ち着け、たっぷり時間を掛けて振り返った。

 恐ろしく高い身長。赤毛の短髪、褐色の肌――ラヴァの血を色濃く継いでいる彼は、彼女の血族の長兄。プレイヤーのお姉様方が大好きな例の人物、プロシオだ。本当は声を聞いた時点で分かっていた。
 見上げた顔はニヤニヤと人の悪そうな笑みを浮かべている。例えるならばそう、獲物を見つけた肉食獣。いけない、大変危険。サファリパークに車ではなく、徒歩で行くような危険性を孕んでいる。

 何故ここに? と一瞬だけそう考えたが、考えるまでもなかった。次男であるスタフティだけを発見したスピサが、それを追いかけて行ったのだ。ラヴァが長男を見つけられていないのならば、鉢合わせする可能性はゼロじゃない。

 ――どうしよう、どうしたらいい? ここを穏便に潜り抜ける方法は?
 確かにプロシオはサツギルゲーム内における人気投票で、必ず10位位内に入る人気常連者だ。かくいう私も一番好きとは言えないが、普通に気に入っている攻略対象。
 ただ、現実で彼に出会したいとは絶対に思わない。
 派手な爆発好き。親密度が低い内は爆発に巻き込まれてバッドエンドを見せられ、親密度を上げれば「好きだから爆発させたい」などと宣う異常行動に手を焼かされる。歩くプレイヤー爆破消去機。ゲームなら多少腹が立ってもセーブ&ロードで笑って済ませられるが、現実にロードなんて都合の良い物はない。死ぬ。それだけである。
 サツギルを象徴するような異常者を前に、完全に硬直してしまう。ここに人の目は無い。機嫌を損ねれば爆発の可燃材になりかねない。

 恐怖に顔を青くする私に構う事無く、プロシオは肩に腕を回してきた。いやらしい手付きなどではなく、旧知の知り合いに出会った時のような気安さ、フレンドリーさだ。いや、初対面なのだが。

「なあなあ、ちょっと兄弟を捜してんだけどさぁ? 見なかった? 多分、俺に顔が似てると思うんだよな」
「いや、ちょっと前まで――」
「というか待てよ、確かこの街って無人街じゃなかったっけ? え? なーんでこんな所いるの、お前」

 ――人の話を! 聞いて下さい!!
 悲しいかな、言葉にならない叫びは彼へ届かない。眉根を寄せた長男はこちらが弁解の言葉を吐き出す暇も無く、畳みかけるように続けた。

「あ、もしかして空き巣か? 残念、無人街だからさあ、盗れるような物もなーんも無いぜ」
「だから、そうじゃな――」
「そんなセコい真似する奴は爆破したって問題ねぇよな? な!? ついでに誰もいねぇから、後で面倒な小言を言う奴もいないし!!」
「いやもう、空き巣より悪質!!」