04.正しい知識の使い方
急な爆発音に私は固まって何故か息を潜める。身に危険が迫っている時は天敵に気付かれないように振る舞う――遺伝子レベルで刻まれた条件反射だ。
しかし落ち着いて考えてみると、何の爆発音なのかは明白である。間違いなく兄弟喧嘩による魔法の撃ち合いで生じた音だ。そろそろと顔を上げれば、ラヴァとスピサは一点を見つめている。
「――ヒッ!?」
2人の視線を辿って行った刹那。網膜を強烈に焼く光が炸裂。遅れて爆発音が響き渡った。その轟音は大地が揺れていると錯覚を抱かせる程だ。
怯えている私を目聡く発見したラヴァが態とらしく宥めに掛かってきた。
「あらあら、大丈夫よシキミ。妾が付いているのだから、万が一にも怪我をする事など無いわん」
「い、いやいやいや! 普通の人間は爆発どころか、爆風でさえ死にますって!!」
「か弱くて可愛いのねぇ、人の子は」
クスクスと笑うラヴァに引き寄せられ、彼女の横にぴったりと立たされる。ここで初めて困惑と違和感を覚えた。
彼女は確かに師範代の中では慣れれば比較的良くしてくれる人物ではあるが、ここまでデロッデロにアナタを守るわキャラではない。スピサに対する愛の鞭じみた振る舞いをするキャラクターだ。
――まさか、何かシナリオの中に無かった企みがある?
ここは現実。ゲーム通りの行動を彼等彼女等が取らない事は嫌という程学習させられている。では、この甘やかしムーブの意味は何だ? 何も無い、なんて事はそれこそあり得ない。
答えを求めるようにラヴァの美しい容を見上げるも、答えは一向に提示されない。シナリオに無いキャラクターの心情描写など、一介のプレイヤーに推し量る事など出来ない。
しかし、今それを脳内で考察している暇は無かった。断続的に本能的な恐怖を掻き立てるような爆発音と、次第に温まって行く空気とは裏腹に背筋が凍る。
まずは兄弟喧嘩を止めなければならない。
ゲームではヒロインさえ育っていればレベルで殴れば止められるが、やはり現実ではそうも行かない。どころか、私では力不足だ。
必然的にラヴァとスピサに対応を丸投げする事になるのだが、喧嘩を止められるはずのラヴァは事の成り行きを黙って見守っている。積極的に仲裁する気は無いらしい。
「――お母さん? どうやってこれ、止めるの?」
おずおずと訊ねる長女。小さく唸ったラヴァが、私の身柄をスピサへと預けた。
「勿論、愛の鞭で止めるのよ。ただし、鞭の威力については――保証しかねるけれどねん」
「ヒッ……!」
漏れた悲鳴は私とスピサ、どちらのものだっただろうか。美しくも恐ろしい冷笑を浮かべた三児の母が目的地へと一歩、その足を踏み出した刹那。
長男と次男のどちらかが防御の為に弾いた魔法――恐らくは爆炎系の魔法が、盛大に弾んで私達の立つ場所にまで飛んで来た。と言っても結構な距離はあるが、爆発するので近くに落ちただけで大惨事である。
着弾と同時に網膜を焼くような光が迸る。あまりにも一瞬過ぎて防御魔法など張っている暇も無かった。
***
「――あれ!?」
網膜に加えて鼓膜まで張り裂けそうな爆音が――ずっと遠くから聞こえる。身を焼くような熱も、身体を千々に吹き飛ばす爆風も無い。
ここに来てようやく私はその両目を開いた。辺りを見回す。とてもではないが、近くで爆発系の魔法が作動したとは思えないように、整った街並みが広がっていた。
「ちょっとあなた! 爆炎系魔法を前に目を瞑って震えるだなんて、どういうつもり!? 死にたかったの!?」
「あ!」
「何よその間抜け面は!」
眼前には顔を真っ赤にして怒るスピサの顔。聞くまでもない、助けてくれたらしい。
「ご、ごめん……。えっと、助けてくれてありがとう」
「お母さんが大事にしてるっぽい子じゃなかったら、置いて行ったのに!!」
「そのぅ、これはどういう状況……?」
「そんな事も分からないの!? 転移魔法で魔法の範囲外に移動したのよ!」
「あー、なるほど」
気軽に使える魔法ではないが、エスケープ手段として優秀な転移魔法。かなりの魔力を消費するらしいので、人間である私には難易度が高いとラヴァ先生に教えられた。使い方は一応分かるが、さっきは咄嗟に思い付かなかったので宝の持ち腐れである。
魔法に限らずよくある話なのだが、所詮、知識は頭に詰め込んでいるだけでは有用性を発揮しない。知っていても、ベストなタイミングで使えなければ持っていない事と同じだ。
頭では分かっていて、しかし正しく理解していなかった今回の失敗を脳裏に刻み込む。スピサが情けを掛けてくれたから怪我一つしなかったものの、見捨てられていたら今頃あの世へゴーしていただろう。