9話 爆炎キョウダイ

06.最速解決


 突き飛ばすようにしてプロシオを押しのけ、距離を取る。あくまで離れ過ぎず、近すぎずだ。あまりにも距離を置いてしまうと、問答無用で爆破される。適切な距離感は今爆破すればプロシオも巻き込まれる立ち位置だ。

 逃げる方法を何通りも思い浮かべながら魔道書を取り出す。先程のやり取りで骨の髄まで刻まれたが、コイツは全く人の話を聞かない。疑問形で話し掛けておいて答えを聞かないのだから、会話など成立するはずがないのだ。
 幸いここにはラヴァもいるし、スピサもいる。どちらかと合流が出来れば長男殿に状況を説明してくれるだろう。

 爆発のプロフェッショナル相手に防御魔法は悪手だ。そんな物を張れば、より強力な魔法を撃ってきかねない。一番は先程スピサがそうしたように転移魔法を用いる方法だろう。
 ただ私の手腕では、それを瞬時に発動させる事が出来ない。何とか口先だけで注意を引き、その間に術式を完成させる道しか無さそうだ。

 黙り込んでしまったプロシオに薄ら寒いものを覚えつつ、言葉を選ぶ。突き飛ばされて怒っているのかもしれないので、初手は乱暴な事してごめんねが良いかもしれない。

「あーっと、その、さっきは――」
「おい、お前」

 ――話をやっぱり聞かない!!
 あんまりにも成立しない会話に、自分の立場も一瞬忘れた。ピキピキと額に青筋が浮かぶ感覚。そうか、これが怒りや苛立ちという感情か。
 私の感情など知った事かと言わんばかりにプロシオが言葉を続ける。これは会話のキャッチボールなどではなく、言葉の殴り合いだ。

「その魔道書……かなり昔にお袋が使ってたやつじゃねーか。盗みか?」
「貰いました!!」

 長文を話すと聞いてくれないので端的に答えを述べてみた。本当は事情をちゃんと説明したいのだが、嫌な誤解をされている。彼に爆破OKの大義名分を与えてはならない。
 命惜しさにそう叫ぶとプロシオは考えるように黙り込んだ。大丈夫、考えてるって事は伝わっているという事だ。

「――まあ、あのお袋が使っていないとはいえ魔道書を盗まれて、気付かねぇはずも無いか。貰ったって事は、何? 知り合い?」
「先生と生徒です!」
「はぁ? 何だそれ。ンな説明で分かる訳ねーだろうが、ちゃんと説明しろ」

 ぶん殴ってやろうかと思った。さっきから説明しようとしているのに、それをことごとくキャンセルしてきた人物の台詞ではない。
 あまり長く話すと途中で興味を失うかもしれないと思い、現状に至るまでの事情を完結に説明する。意外にも最後まで口を挟まず聞いた長男は「あー」と緩く首を振った。

「そういや、そんな話してたな。じゃあクソ弱そうなお前が、例の生徒って事かよ。爆破し甲斐が無さそうな奴だな」
「良かった……!」
「ガチで喜ぶじゃねぇか。で? その生徒ちゃんが何だってこんな所に?」
「レッスン中にあなた達から救援依頼が入ってるって話を聞いて。先生と一緒に来ました」
「エッ」

 途端、プロシオの顔色が分かりやすく悪くなった。目を泳がせながら元気が無くなった声音で訊ねてくる。

「救援……? 何でそんなもの……」
「スピサちゃんが、あなた達の兄弟喧嘩が止まらなくて呼んだみたいですよ。先生はカンカンです」
「はぁぁぁあぁぁぁ……」

 絶望感と悲壮感に満ち溢れた深い深い溜息だった。屈み込んで頭を抱えたプロシオは項垂れている。母は強し。このやんちゃが過ぎる長兄もラヴァを非常に恐れているようだった。

「――その、どうして喧嘩したんですか?」

 今なら話を聞いてくれる、そう思って訊いてみる。ややあって答えが返ってきた。

「夕飯……」
「はい?」
「夕飯は肉が良いか魚が良いかでスタフティと揉めた……気付いたら喧嘩してたぜ」
「…………」

 ――死ぬ程どうでもいい!
 思わず両手で自身の口を塞ぎ、正直な感想が溢れるのを阻止する。それくらい自然に「あ、どうでもいい喧嘩の理由だな」と思った。
 心を平常に保とうと努力をしていると、更にプロシオは弁解にも似た言葉を続け様に吐き出す。

「だってそうだろ!? 折角、外に出たってのに魚料理とか食えるか! 男は黙って! 肉料理!!」
「好みは人それぞれだと思いますけど」
「それでも俺は肉を食いたい!!」
「……別々に食べれば良いじゃないですか。兄弟揃って食卓を囲まなきゃいけないルールでもあるんですか? ありませんよね?」
「それだ!! 採用!! 何だ、良い事言うじゃねーか。これで喧嘩の理由は無くなったぜ、スタフティに話してくるか」

 今まで受けた相談の中で最速の解決だった。しかし被害レベルはどの相談者よりも重い。大した労力では無かったはずなのに酷く疲れた。