9話 爆炎キョウダイ

02.先生のご家族


「慌てているようだけれど、どうかしたのかしら?」

 端的に訊ねるラヴァに息を切らした受付の子は、それでもしっかりと用件を伝えてくれる。

「す、スピサさんから救援要請が入っておりまして……!!」
「スピサから?」
「はい。大変優秀なギルドのメンバーでいらっしゃいますので、お母様であるラヴァさんにお伝えした方が良いかと思いまして」

 スピサ――ラヴァの娘だ。三兄弟の末っ子にして、長女。唯一の娘である彼女は当然、サラマンダーであるラヴァの血を濃く引いておりあらゆる面で優秀だ。ゲームにおいても、毎回友情シナリオを攻略してクエストに連れ回す程度には優秀。
 そんな彼女が何らかのピンチに陥り、あまつさえギルドに救援要請を出せば、それは受付も慌てる事だろう。体感的に言うと、オルヴァーのパーティから救援依頼を要請された時くらいの緊張感だ。

 案の定、スピサの実母であるラヴァは眉根を寄せる。彼女は身内贔屓こそ激しいが、自身の子供達の実力を正しく把握しているのだ。それが、救援要請などすれば心配になるのは親として当然。
 少し考えた先生はややあって状況を知りたくなったのか、質問を口にする。

「あの子、今日は誰とクエストへ行っていたのかしら? アナタ、ご存知?」
「はい。兄弟の皆様で出られているようです」
「そう……」

 兄、プロシオとその弟、スタフティ。三兄弟で一緒に行動している事が多い。彼等が一塊でクエストに臨んでいるのは決して珍しい事では無いはずだ。
 しかし裏を返せば、三兄弟でクエストへ出ているにも関わらず救援を要請してきたという意味にもなる。とんでもないトラブルに巻き込まれたのだろうか。

 チラ、とお母様の顔を見上げる。非常に心配そうだ。常日頃から飄々とした態度を崩さない彼女らしくない。

 ――そういえば、ラヴァ兄弟って死亡イベントあったっけ?
 個別シナリオで軽率に既存キャラが死亡する、それがサツギルである。覚束ない記憶を手繰り寄せて考えてみた。
 まずは長男・プロシオ。彼は知る限りでどの個別シナリオでも死亡する事は無かったはずだ。というのも、ラヴァ一派が有する最高戦力。実力は恐らく、鍛えていない状態同士であればオルヴァーにも匹敵する。

 続いて次男・スタフティ。確か彼は、他人の個別シナリオでそれなりに死亡する確率があるキャラクターだったはず。あまりにも死ぬので、別キャラの個別シナリオで存在を認識させられた程だ。

 最後に末っ子・スピサ。彼女の死亡率は高いの一言に尽きる。サツギルの女性キャラクターはアリシアを除き、大抵の場合扱いが悪い。シナリオの肥やしとしてライターから殺されるのは決して珍しい事ではないのだ。
 加えてスピサはラヴァ回りのシナリオでよく死ぬ。今回の場合も、それに当て嵌まらないとは限らず命が危ぶまれる状態だ。

「ラヴァ先生、救援に行った方が良いんじゃないですか? 私のレッスン、もうそろそろ今日は終わりですし」
「……そうだけれど、まだ1時間はあるわよ。良いのかしら?」
「人命第一だと思いますけど。それに、娘さんなんですよね? 絶対に行った方が良いと思います」

 考える素振りを見せたラヴァはしかし、次の瞬間には緩く頷いた。助けに行くべきトラブルなのかを逡巡していたのだろう。
 ラヴァがまだ待ってくれている受付嬢に視線を向けた。

「待たせて悪いわね。それで、スピサはどこのどのクエストへ行ったのかしらん?」
「場所はミール湖の街です。クエスト内容は記録によると、何の変哲も無い一般的な魔物の討伐クエストでした」
「あらあら……。あの子達の得意分野のはずなのに。炎に耐性のある魔物でも出たのかしら? そんな柔に育てた覚えは無いのだけれど……」

 精霊であるサラマンダーが持つ炎は、ゲームにおいて『炎耐性』を持つ敵の耐性を貫通する特殊能力がある。現実でもそうなのかは判断しかねるが、魔物に耐性があったところで、それは関係無いものではないのか。
 炎が効かない相手で連想出来るのは、同じく精霊であるウンディーネと対峙した場合だが、最早それでは魔物討伐クエストの枠から外れてしまう事だろう。

「と、取り敢えず現地へ向かってみたらどうですか、先生? 行ってみたら何か分かるかもしれませんし!」
「それもそうね。悪いのだけれど、シキミ、アナタも来なさい」
「……はい?」
「アナタ、元受付だったわよね? ギルドの救援について詳しいはずだから、居てくれると心強いわ」
「アッハイ」

 圧のある笑みを向けられてしまえば断る事など出来なかった。唐突な死亡フラグの芳しい香りに、私は目頭を押さえ、付いて行く意思を表明した。