01.先生との魔法レッスン
「残りの日数が、随分と減ったわねん……」
独特で艶のある声が耳朶を打つ。私は彼女の声に釣られるようにして、魔法を展開する手を止めた。
「本当、先生には感謝してもしきれません。まさか、私に魔法が使いこなせる日が来るなんて……感動しました」
言葉を受けた先生――ラヴァは目を丸くする。ややあって、いつも通り艶のある笑みを浮かべ直した。
「あらあら、礼を言える子なんて珍しいわねぇ」
「先生の回りにいらっしゃる方々がちょっと特殊なんだと思いますけど」
「うふふ、妾の事をよく知っているのねん。貴方、魔法の扱いは小さな子供以下だったけれど、相談員としては優秀なのかしら?」
「はあ、まあ……」
全ては原作知識とダブレットのお陰だが、流石に他愛ない世間話に混ぜる話としては重量級だったので止めておいた。
ここはギルドのフリースペース。剣と魔法、それぞれの師匠から30日間限定でレッスンして貰えるという役得権利を手にした私は、今日もそのレッスンを受けている最中だった。
正確には数えていないが、そろそろ20日以上経過しただろうか。何であれ、めきめきとこの世界で生きて行く為の力が付いているのは確かだ。
というか、オスカーのお陰で筋トレもかなりさせられたし、護身術も話の流れで叩き込まれたので戦闘などした事も無いチンピラに絡まれたって魔法を使わずに伸せる自信がある。何て暴力的な方面の自信なのだろうか。
「シキミ? 手が止まっているわん」
「あ。はい」
途中だった術式を完成させ、何も無い場所に放つ。比喩など無しに火柱が上がった。見本のような火柱だし、元いた世界でこんなモノを使ったら間違いなく警察を呼ばれるだろう。
何よりも恐ろしいのは自分自身の心境である。かつてはこんなものが目の前に発生すれば慌てふためいただろうが、今や何も感じない。無である。
術式の展開が上手くいった事に満足感を覚えながらも、建物に燃え移ったりしないよう淡々と処理。先生の評価待ち――
「染まってきたなぁ、私」
「ヒューマンは順応力が高い所が取り柄でしょう? 妾は好きよ、そういうの。面倒で無くていいわ」
「絶対に自分は妥協しようとしない所、超カッコいいっす」
「さては、馬鹿にしているわね?」
――本当に素晴らしい精神力だとは思う。
サツギルのゲーム内にいるキャラクターは漏れなく全員、腹に一物抱えているような連中だ。その中で初志を貫徹する事の難しさは、転生してからこっち嫌と言う程味わった。
好きな事を好きなように実行できる。それはこのギルドにおいて、一種のステータスだ。やはりサツギルは強者に優しい世界である。
「物思いに耽っている所悪いけれど、総評するわよん」
「お願いしまーす」
「及第点ねぇ。最初の火種のような魔法に比べれば、目まぐるしい成長だと言えるわ。そのせいかしら、ちょっと評価が甘くなってしまうのよね……。これが、一から育てるって事なのかしらん……」
「あー、分かります。愛着とかいうの、湧いちゃいますもんね」
今目の前にあるものの出来ではなく、成長過程を含めて評価を下してしまう。これが贔屓目と呼ばれるものだ。人は結果と過程を切り離して評価するのが苦手。長い間面倒を見ていればこその問題と言える。
「まあ何にせよ、時間もあまり無いわ。残りの日数で完璧に仕上げてみせるから、期待していて頂戴」
「よろしくお願いします」
「……貴方さえ良ければ、終わった後も色々と教えてあげていいのにねぇ」
「先生への月謝は私の生活に大打撃を与えますからね……。貯金と相談する事になります」
師範代クラスのラヴァに教えを請おうと思ったら、月々で稼いだ給料の全てを毎月つぎ込む事になりかねない。というか、相場にすると確実にそうなる。私が今している事は相談料の延長線上に位置するもので、彼女等にも利がある、というかやりたい事と一致しているので問題無いが、相談終了後はそうもいかない。
あら、とそれに気付いたかのようにラヴァは笑みを深めた。何か企んでいる顔。突拍子の無い事を言い出しそうだ――
「確かに赤の他人であれば妾も相応の金額を要求するわ」
「そうでしょうね」
「けれど、身内には一文だって請求した事が無いのよん」
「私、先生と血の繋がりは無いですねぇ、はい」
「シキミ……妾の娘にでもなってみる?」
「養子縁組って事ですか? いやあ、一応こっちも社会人なんで……」
「馬鹿ね、もっと簡単な方法があるわよ。簡単且つ、自然な方法が。妾には――」
悪い顔で笑う彼女を凝視する。非常に嫌な予感はするものの、続く言葉に耳を傾けた。傾けて、その瞬間にフリースペースのドアが破壊されそうな勢いで開け放たれる。あまりの騒音に、ラヴァの言葉が掻き消された。
「えっ、なに……?」
「受付の子ねぇ。とっても行儀の良い子だったと記憶しているけれど、急ぎなのかしらん」
ドアの前に立っていたのは、額に汗さえ浮かべた受付嬢の一人だった。ギルドの受付は全員漏れなく事務仕事完璧処理人間である。当然、彼女もその例には漏れない。礼儀も行儀もどこかへ置き忘れて来たような慌てっぷりに、私は背筋を伸ばした。