09.いるはずのないモノ
「何だアイツは。追ってみるか……?」
「いやそれはヤバいって、オルヴァーさん! 何かあれじゃない? 地に足が付いてないタイプの存在じゃない!?」
「浮浪者だと言いたいのか?」
――違う!!
霊的なあれと言いたかったのだが、そういう類いのものを信じないし恐れないオルヴァーには全くと言っていい程伝わっていないようだった。
思わず言葉を詰まらせていると、何故か好戦的な顔を作った彼は今にも走りだそうとしていた。
「山賊の類いかもしれないな」
「あんなひらっひらの山賊メンバーとかいる!?」
軽く走り出したオルヴァーの背を追う。ウキウキとした足取りは止まりそうにない。
走っている内に様子が変わり始めた。僅かに聞こえる笑い声。哄笑などではなく、悲哀に満ちた切なくも悲しい声だ。それが一層、不気味さを掻き立てる。ソプラノトーンの声は間違いなく女性のそれだ。
――いや待って、女性?
不意に思い至る。サイモンの個別シナリオは出来が恐ろしいものだったので、細部に関しても結構覚えているのだが、奴は女性関係が最悪だったはず。どれだけの女性に崇拝され、それと同じくらい恨まれているか分からない。
まさか、今追いかけているこの女もそういうタイプの幽霊なんじゃ――
「いやいやいや……」
自分自身の考えを頭を振って否定する。サイモンのイベントで一番のホラーはサイモン自身だ。彼のイベントでお化けだの幽霊だのが出ても本人に全部持って行かれる訳だし。
「――んん!?」
「止まれシキミ」
行き止まりに辿り着いた。しかし、そこにいたのは先程から追っていた女ではない。特徴的なそれを目の当たりにした私は身体から血の気が引くのを確かに感じた。
大きなカボチャの乗った頭。ハロウィンでよく見る顔が彫られたあのカボチャだ。仲からはファンシーな橙色の光が漏れ出ている。身体はてるてる坊主のような貧相なものだ。白い布がふわふわと吹いてもいない風に晒されている。肉の付いていない細い骨だけの手にはやはり橙色の光を放つランタンが握られていた。
魔物――ジャック・オ・ランタン。ゴースト系魔物の上位種であり、本来こんな所には生息していない。奴が現れるのは墓地だったり、元戦場だったり、人の遺体が多くあるもしくはあった場所だ。
ジャック・オ・ランタンは運営によってハロウィンの時期に追加された高難易度討伐戦用の魔物である。誰かの個別シナリオに出て来る魔物ではない。ちなみにゲームの中では特殊な武器を作製するのに必要な素材をドロップするぞ。
「何だこの魔物は……ゴーストに分類されるのか?」
「今日は聖水、持ってないよオルヴァーさん……」
ゴースト系魔物の討伐方法は大きく分けて二つ。聖水を掛けて実体を持った本体を叩く。もう一つは治癒魔法を掛けて魔法で倒す。以上。
当然ながら聖水など持ち歩いていない。レアなアイテムという訳でもないのだが、如何せん水だし入れ物がガラス瓶なので大変嵩張る。基本は持ち歩かないだろう。ならば治癒魔法を掛け続けるしかないのだろうか。
ここ数日で何度目になるか分からない感謝の祈りを魔法レッスンの先生であるラヴァに捧げる。彼女の「サポート魔法は使えた方が良いわ」という言葉が無ければ、治癒魔法など習っていなかった。ゲーム時代の回復要らんからさっさと殴れ思考が完全に仇になる所だっただろう。
「チッ、面倒臭ぇ……。一旦引くか」
「待って、一応治癒魔法が使えるから叩く事は出来るよ。たぶん」
目の前で様子を伺うように漂う上位の魔物が、簡単に私達を見逃してくれるとは思えない。このまま尻尾を巻いて逃げ出してしまうと、他のギルドメンバーと合流した時に持って行ってしまう事になるだろう。
ルグレもアリシアも治癒魔法を覚えない。シーラは水場があれば少しだけ回復系の魔法を使ってくれるが、このフィールドでは期待出来ない。ベティは言わずもがな、剣士タイプに育っているようなので恐らく本格的な治癒魔法は使えない。
そうなってくると、結局逃げ切れなかった場合には魔法職でもある私が出張って討伐をしなければならないだろう。今ここで倒せるのであれば、無駄な鬼ごっこに使う体力を削減出来る。
「――なら、ここで討伐しておくか。連中とも分かれて探索してるからな。この状態で全員を回収して撤退を促すのは……現実的じゃない」
「私が治癒魔法を魔物に掛けて、命中したのを見たらすぐに攻撃してね。治癒魔法が掛かってる何秒間しか、攻撃出来るチャンスは無いから」
「おう」