08.連携の取れた動き
――が、ここで問題が発生した。
私から見て正面の魔物を一掃したは良いが、欠けた仲間を補うかのようにどこからともなく追加のウルフが現れる。群れで戦う魔物だとは言ったが、かなりの数だ。さてはシェルターの役割を果たしていた屋敷でねずみ算式に殖えたのだろう、恐ろしい事である。
悪戦苦闘していたオルヴァーが更に苛立ったように顔を引き攣らせた。1体ずつ処理している彼からしてみれば厄介事がそれこそ物理的に増えたのだから当然だ。
「ねえ、待って。これ終わらないよ、永遠に追加戦力投入してくるし! 撤退、撤退しよう! もっと魔法が達者な人とか呼んで来た方が良いよ絶対!」
「お前がもっとガンガン魔法を撃てば済む話だろうが」
「やってるけど、手が追い付かない……!!」
ラヴァから教えを請うているとはいえ、所詮は付け焼き刃。知識として魔法の使い方が蓄積されていても、実戦投入となると練習時のように行かない。逸る気持ちと焦り、それによる凡ミスでレッスンの時よりも手元が覚束ない。
加えてウルフがどんどん増えて行くという地獄の様子。繊維が喪失するのは、最早必然だった。
術式が完成する、放つ、ウルフが追加される――うん、ループしている。この無限ループをどこかで断ち切らなければ。
「やっぱり一個体で強い奴より、数が多い奴の方が強いんだなって」
「お前はどちらと対峙しても勝てねぇだろうが。クッソ、いつまで増えやがる――」
不意にオルヴァーの声が途切れた。術式を作製しながら、視線だけで背後を見る。と、オルヴァーの回りに群がっていた魔物達は徐々にその数を減らしていた。増える数より討伐数が多いという訳でも、ウルフの戦力が減った訳でもない。
対峙しているウルフ達が数匹ずつ、ジリジリと撤退を始めたのだ。身の危険を感じたのかとも思ったが、それにしてはこの状況が魔物側に有利過ぎる。退却する理由など無いくらいに。
何かがおかしいと思ったのはオルヴァーも一緒だった。首を傾げた彼は逃げて行く魔物を追うべきか否かを悩んでいるようだ。
また、私自身の眼前で威嚇し、今にも飛び掛かって来ようとしていたウルフ達。連中も徐々に撤退を始めている。統率の取れた行動は感服の一言だが、それ故に正体不明の恐れが沸き上がってくるようだ。
逃げ出そうとしている魔物を追った方が良いのだろうか? でもこのクエストは屋敷の調査という内容だったはずだ。ウルフを深追いしたって美味しい思いが出来る訳でもないし、何より危険だ。
困惑している内にウルフ達は少しずつ逃げ隠れしていき、やがて目の前に残っていた数体のウルフも足早に逃げて行った。ちょっとでも仲間の生存率を上げようとする本能、素晴らしい連携である。
「ねえ、逃げて行っちゃったけど……どうしよう? 何かあるのかな? 恐いものでも見たような顔だったね」
「……俺達もさっさとここから逃げた方が良いか」
オルヴァーは渋い顔をしている。そりゃそうだろう、生物的には強い幻獣種である彼を差し置いて、姿も見えない何かに恐怖しウルフ達が逃げて行ったのだ。生物本能に響くような恐ろしい『何か』がいる事を暗に示唆している。
だが避難するとしてどこへ? 当然の疑問に、オルヴァーがポツリと応じた。
「さっき、ウルフ達が逃げて行った方向へ俺達も向かうぞ。こういう時、野生の動物は勘で正しい方向へ逃げるもんだ」
「確かに。そう言われてみればそうかもしれない」
そもそも私の意見など聞いていないのか、オルヴァーは小走りでウルフ達が消えて行った廊下を走り出した。慌ててその背を追う。置いて行かれたら普通に恐いので。
――というか、足速っ!!
微妙な速度だ。オルヴァーにとっては小走りのような動きだが、歩幅の違いなのか筋肉量の違いなのか。私が走ると小走りでは追いつけないが本気で走ると今度は追い抜かしてしまうような。絶妙過ぎる。
どうにか歩幅と速度を揃える事に苦心していると、見事に前方がおざなりになっていた。
「うっ!?」
「お前……気を付けろ」
「ごめん」
急に立ち止まったオルヴァーの背へ盛大にぶつかる。びくともしなかった。
大した衝撃ではなかったのか、低く唸るだけで怒りを収めてくださったオルヴァーは前方を指さし、小さな声で呟く。
「おい、あれは人じゃないのか? 1階の連中じゃ無さそうだが、お前の友達か?」
「ええ? いや、知らない人っていうか、クエストに来てるんだよ? あんなにひらひらのワンピースは着ないでしょう」
「それもそうか」
オルヴァーが指さした人影は、恐らくは女性のそれだった。さらさらの長髪に目が痛くなる程に白いワンピース。後ろを向いているので顔立ちまでは分からない。
見れば見る程、今日一緒にクエストへ来ているメンバーではないと分かる。