07.屋敷に潜むもの達
屋敷2階部分を進んでいると、不意にオルヴァーが足を止めた。
「どうかしたの?」
「臭いがするな。これは、獣の臭いだ」
「流石、鼻が良いんだね」
眉間に皺を寄せた彼は神経質に周囲を見回している。彼自身は索敵に向かない性格をしているが、身体に備わっている機能のお陰で誰よりも敵を発見する能力に優れているのだ。こういう所がエモいよね。
心中で推しを崇め奉っていると、再び歩くのを再開するオルヴァー。慌ててその後に続いた。獣の臭いがする、との事なのでそういう魔物が潜んでいるのだろう。彼から離れ過ぎなければ、魔物からの不意討ちでうっかり三途の川を渡る事にはならなさそうだ。
そんな楽しようという精神を見抜かれたらしく、推しは怪訝そうな顔をした。
「もっと緊張感を持てよ。お前クソ雑魚だろうが」
「だからほら、あなたにピッタリ付いて行ってるじゃんか」
「はあ……。ん?」
信じられないものを見るような目をしていたオルヴァーの足が、再度不自然に止まった。今度は明確に、天井を見上げる。
瞬間、天井の板張りが一部破損、頭の上に結構な大きさの何かが降ってきた。それは丁度オルヴァーの頭に振って来たので、難なく回避される。
「出たな。何が幽霊屋敷だ、魔物屋敷の間違いだろあの屑!」
「めっちゃ言うじゃん……」
ゲームでは絡みの無いオルヴァーとサイモンだが、リアル交友関係だとこんな風になるのか。確かに彼等の性格上、絶対に友好関係を築けるはずがない訳だが。
果たして落ちてきた――というか、多分奇襲を仕掛けてきたのは赤毛の巨大な狼じみた魔物だった。動物の狼と違う点と言えば、大きすぎる前足や肉食獣でもあり得ない程鋭利な牙などだろうか。
赤毛の狼が長く吠える。こいつは確か、レッドウルフという見たまんまの名前が付けられた低級の魔物だ。一体一体は大した強さではないが、群れで行動する究極の人海戦術を使用してくる。
レッドウルフが一体いたら、ウルフ系魔物が30体は潜んでいると思っていい。加えてこの屋敷は長らく使われていなかった。ウルフ達の住み処になっているなんて事は考えるまでもない。
「えーっと、ウルフ系は……魔法防御の方が低かったな」
頭の中にあるゲーム知識を引っ張り出し、それと同時に魔道書を取り出す。だいたい、オルヴァーが絶対的に前衛となるので無理して前に出なくて良いのだ。オスカー先生には悪いが、対人くらいでしか剣技使わなさそう。
さて、ウルフの処理だが奴等は少し面倒臭い耐性値が割り振られている。体毛の色で属性耐性が変わるのだ。レッドウルフは炎系に強く、通常のウルフは青っぽい毛色なので氷属性に強い。現実でも適用されるのかは分からないが、魔法を無駄撃ちしたくないので全体的に通るものを使いたい。
廊下を埋め尽くさんばかりに増えたウルフの色は2色。赤と青。ならば、風属性系の魔法で一掃しよう。
自然、オルヴァーと背中合わせに構える。ぐるりと囲まれているので、全方位を警戒しようとするとどうしてもそうなるからだ。
――あ、何だかこれ相棒感があっていいな。
一瞬だけそんな考えが巡ったが、オルヴァーはというと私を全く信用していないようで、定期的に背後に視線を配っている。申し訳無い。
出方を窺っていても仕方が無いので、早急に魔道書のページを開き、術式を喚び出す。ページに描かれた中級魔法は難なく起動の素振りを見せ、設置した箇所に術式を展開させ始めた。
事態が動いた事をウルフ達も悟ったらしい。群れのリーダーが吠えると同時、ジリジリと私達への包囲網を狭めていく。流石は狩りをする魔物。その動きは言葉で打ち合わせをしている訳でもないのにピッタリだ。
互いに牽制し合っている間に術式が完成した。広範囲の風属性魔法。自分を巻き込む位置にまで魔物が迫ってくる前に手放してしまおう。
作った術式を使用する。何がゲームと違うかって、魔法なんてコマンドを選択したら勝手にターンを消費して、勝手に撃ち出してくれるものだったのに現実になってくるとそうも行かないという事だ。
良い位置に術式を設置、必死に魔法を起動、出来上がったら自分で使用。このプロセスが急ぎだと結構キツい。時間に追われている感じがのんびりした性格の私には合わないようだった。というか、何なら争い事に向かない現代人の性が如実に表れている。
私から少し離れた空中に固定された術式から、鎌鼬のような鋭い刃物じみた風が解き放たれる。それは狭い廊下の壁に掠り傷を付け、更にウルフを薙ぎ倒し、引き裂く。サツギルゲーム時代には風属性なんて滅多に使わなかったが、引火の恐い炎属性系魔法よりずっと使い勝手が良いと言えるだろう。
「よし! 先生ありがとう、私、成長しました……!!」
この場にはいない、魔法レッスンの先生であるラヴァに礼を告げる。
眼前にあるウルフの群れは半壊状態だった。もう少し強い魔法を撃って良かったかもしれない。
一方でオルヴァーはというと、彼は飛び掛かってくるウルフを1体ずつ処理しているようだった。彼の場合、源身に戻ってしまうと確実に天井を突き破るし何なら身動きが取れなくなってしまう事だろう。
苦戦している様子は無いが、酷く面倒臭そうに苛ついているのが伝わってくる。