06.恐怖の友情シナリオ
それにしても、とオルヴァーが顔をしかめる。
「分かっていた事だが、かなり広いな。これだけ人数がいるんだ、手分けするぞ」
「それもそうだな。よし来た、3つくらいに別れるか。行くぞ、ベティ」
「え、わ、私!?」
早急な話の流れについて行けず、ベティが目を白黒させる。彼女を名指ししたのはアリシアであり、接点の薄い彼女を指名した理由は謎に包まれているからだろう。
困惑するベティの手を、半ば無理矢理取ったアリシアは颯爽と1階の探索をするべくその場から離脱した。あまりにも華麗な動きに、その場にいた誰もが彼女の突飛な行動を止める暇など無かったのだ。
「おや、行ってしまいましたね。そそっかしくてすみません」
ちっとも申し訳無いと思っていなさそうな声音でルグレが謝罪する。彼はアリシアに激甘なので、まあ当然と言えば当然の態度だ。
ルグレに目をやると、薄く開かれた感情の色が伺えない双眸とかち合った。目が合った彼が実に胡散臭い笑みを浮かべる。
「我々も出発しましょうか。オルヴァー、シーラ。貴方達は2階を――」
「ちょっと待って、ルグレ。シキミとお友達? の2人は一緒に行ってしまったし……その、ルグレとシキミを2人にするのはちょっと……」
言い辛そうに、しかし核心を突くような言葉に一層ルグレの笑みが深くなる。
「おや、そのアリシアが連れて来たゲストをエスコートすべきだと思ったのですが。ではシーラ、貴方が彼女のお守りを?」
――弱いって事バレてら。
あんまり1人になりたくないな、とは思っていたがダイレクトにクソ雑魚だと露呈しているようだった。確かに、まともに戦闘が出来るアリシアはちょっと心配なベティを連れて行ってしまったので残り4人で慎重に組み分けを考える必要がある。
そして大変申し訳無いが、ここには水場が無い。シーラと2人で組まされると少し心配である。あくまで彼女の戦場は大きな水場だからだ。
その事実に関しては他でもないシーラもよく分かっているらしい。顔をしかめている。
「確かにシキミはあまり強く無いし、私も陸上戦はあまり……得意じゃない、けど」
「そうでしょう? 効率を考えた場合、僕とシキミさんで探索をした方が安全なのではありませんか? サイモンさんの事です。調査と言えど、一筋縄ではいかないでしょうし」
「でも……ルグレはちょっと、恐い……」
「結構グイグイ僕の事を攻撃してきますね、貴方……」
ずっと待たされていたオルヴァーがとうとう舌打ちを漏らして踵を返した。唐突な行動に彼へと視線が集まる。
「おい、行くぞシキミ。こう組めば問題は無いんだろ」
「おや珍しいですね。貴方も貴方で大層心配なのですが。アリシアの客人なので、丁重に扱って下さいよ」
「よく言うぜ、ルグレ。お前よりマシだ。その『アリシアの客』を今まで何度行方不明にしてきたんだ……」
クツクツ、と肯定も否定もしないルグレはただ静かな笑みを湛えている。溜息を吐いたシーラもまた、私達とは反対方向に進路を変えた。
「なら、私達も行こう。ルグレ」
「ええ」
足を止めてルグレ達がいなくなるのを見送る。戻って来ない事を確認したオルヴァーが溜息を吐いた。
「俺達は2階の探索をするぞ」
「あー、うん。了解」
***
2階に上がったところで、それまで黙っていたオルヴァーが不意に口を開いた。
「――お前、ルグレに目付けられてるぞ。あんな感じだが、うちで一番頭がトんでるのは奴だ、気を付けた方が良い」
「いや、分かってるんだけど……。なんでだろ? アリシアさんが私にちょっかい出してるからかな?」
すっとぼけてはみたが、理由は明白。ルグレという人物はアリシアを通してでしか物を見る事をしない。そのアリシアが視線を向けている先については当然ルグレも同じものを見ているという事だ。
先程、行方不明がどうのと言っていたが友情シナリオを拝見した限りルグレには全く悪気は無い。ただ、アリシアが気に掛けていたから構い倒したら、いつの間にか……。というオチである。
ルグレのちょっかいというか、構う攻撃に耐えられたのはオルヴァーとシーラのコンビのみ。彼等のシナリオは相当レベルが高い、終盤も終盤でなければシナリオ内に設置された特殊イベントで強制的にゲームオーバーにされる。
恐ろしいのはそのゲームオーバーにも特殊演出が用意されている事だ。それはつまり、一つの正しいエンディングであるという意味である。
「――気を付けよう……。私、まだ行方不明にはなりたくないや……」
「そうしろ。奴は表面上だけの分別がある。二人きりにならなければ、何も起きないだろ」
リアルの世界になってしまったので、レベリングという概念が難しいものとなった。ゲームの裏で展開される数字の羅列ではなく、スポーツを極めているようなものだからだ。
つまり、アリシア&ルグレの友情シナリオに耐えられる強靱な肉体が手に入る可能性は極めて低い。オルヴァーの言う通りにするのが吉だ。