8話 天然物のお化け屋敷

05.サイモンのお屋敷


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 サイモンの持ち屋敷に到着した。ゲームプレイ時にも1枚絵があったので、どんな屋敷なのかある程度見当は付いていたが、本物を見るとかなりの趣がある。確かに幽霊だのお化けだのが出ても何らおかしく無さそうな貫禄だ。
 持っているだけの屋敷というのは正しいようで、使用された形跡が伺えない。蜘蛛の巣や、植物の蔓などで覆われており、すぐに使う事は出来ない状態だ。使用には整備が必要である。

「荒れ放題だな。よくもここまで放置してたよ、本当。アイツ意外とずぼらなんだな。折角良い屋敷なのにさ」

 呟いたのはアリシアだ。屋敷を見上げて呆れたように首を振っている。あれ、そういえばヒロイン――ここではベティは確か、シナリオ内では怖がりだったような記憶がある。大丈夫だろうか。
 不意に気になって友人を見やる。ベティは青ざめた顔をしていた。顔色が極寒に長時間放置された人間のそれだ。

「ベティ、大丈夫? 何か顔色が悪いんだけど」
「なあ、シキミ……。実は私、ホラー駄目なんだ。独り暮らしなんだぞ、この後家に帰ったらどういう気持ちで生活すればいいんだ!」
「不気味な屋敷ってだけで、別にホラー要素のある何かはいないでしょ。大丈夫大丈夫」
「励まし方が雑!! あーあーあー! 怖い!!」

 ここに来るまで、こんなに趣のある屋敷だとは思わなかったんだろうな。私は心中でベティに同情した。

「ところでアリシア、鍵はどうなっているのですか? まさか、掛かっていないとか?」

 ルグレが僅かに首を傾げる。そういえば、その辺はどうなっているのだろうか。
 ふっふっふ、と誇らしげな笑みを浮かべたアリシアは自らの上着のポケットに手を突っ込む。すぐにポケットから引き抜かれた手の中には銀色の鍵が鎮座していた。

「クエストを受付に持って行ったら渡された。これで中に入れってさ」
「抜かりないですね。サイモンのこういう所は評価に値するのですが」
「奴らしくていいじゃん。準備が良くて助かるぜ」

 鼻歌さえ歌いながら、まるで自分の家のように気安く鍵を開ける。事がトントン拍子に進んでいるからか、アリシアは大変上機嫌だ。

「それにしても、大きな屋敷だなあ。実際に見ると迫力あるわ。サイモンさん、お金持ってんのかな?」

 何の気なしに私は呟いた。彼が金を持っているという事実は知っているのだが、それは事実として知っているだけ。どういう経緯で、どこから大金が舞い込んでいるのかはよく知らない。
 渋い顔をしたベティが私の独り言を拾ってくれる。

「何かさあ、上層のギルドメンバーはみんなサイモンの事、大嫌いだけどあの人って確か聖職者だよな? 顔立ちも整ってるし、やっぱり儲かるんじゃないのか?」
「あ、そっか。まだそういう認識の段階なんだ……」

 メインストーリーもそんなに進んでいないし、サイモンと関わらずしてデレクルートを突き進んでいるヒロインのベティは、狂信者の事をよく知らないようだ。そりゃそうである。
 プレイヤーのいるゲームでなければ、ヒロインは積極的に闇の聖職者に絡んで行くような性格ではない。彼の個別シナリオに入っていなければ、サイモンの認識などその程度のものだろう。

「よし、鍵開いた! 行くぞ!」

 アリシアの声で我に返る。流石はオルヴァーパーティの賑やか担当。他の連中が黙って事の成り行きを見守っている中、一人でずっと喋っている。反応があろうが無かろうがお構いなしだ。

 足を踏み入れた屋敷の内部はかなりの荒れようだった。巨大な蜘蛛の巣、ボロボロのカーペット。埃が積もった家具。階段の手摺りなんて、手摺りとして使えない程だ。かなり埃っぽく、既に喉がモヤモヤと不快な感覚を訴えている。
 しかし、そんな屋敷内部だがどうやら置かれている家具や置物などはかなり高価な物のようだ。素人目でも分かる。輝きというか、質感が量産品のそれとは明らかに違う。

「結局、お化け退治なんてふわっとしたクエストではなく魔物退治――いえ、屋敷の調査が目的でしたね?」

 確認するように問うルグレに、イタズラっぽい笑みを浮かべたアリシアが応じる。

「そ、調査。だけどさ、やれそうなら棲み着いている魔物も駆除して金をふんだくろうぜ! 知らん依頼人ならまあ、文句を言うくらいで済ますけどサイモンは……故意に依頼料を浮かせようとしてんのが見え見えだしな。取るべき所は取っておかないと」
「サイモンに何の恨みがあるんだ……」

 ベティが恐ろしい者でも見るような目でアリシアを見やった。しかし、私も今回ばかりはアリシアに同意する姿勢だ。