10.カボチャ頭のゴースト
オルヴァーが納得したのを見て、早速魔法を展開する。ラヴァ先生から貰った魔道書は一通り魔法を網羅しているのでこれ一冊で何でも出来て便利だ。尤も、その先生曰く記載に偏りのある魔道書など魔道書ではないとの事だったが。
「――ごめんちょっと、もう少し時間が掛かるから……よろしければ、時間を稼いで頂きたいなーっと」
「遅い……」
治癒魔法はあまり使わないので挙動が鈍間なのは認める。認めはするが、オルヴァーのパーティメンバーと比べられるのは困る。彼等の事を指して私に遅いと言っているのであれば、実力差があり過ぎるからだ。
舌打ちしそうな勢いだったオルヴァーだったが、ここで私に文句を言っても仕方が無いと理解してくれたらしい。やんわりとランタンを振り回し始めたカボチャ頭へ向き直る。
確か、奴の攻撃方法は大きく分けて2パターン。
あのランタンを投げ付けてくる攻撃と、シンプルに炎系列の魔法だ。後者は弱攻撃みたいな立ち位置だったのであまり危機感は無い。ただし、ランタンの攻撃は大変危険。プロのゴリラゲーマー女子達に初見殺しと言わしめた威力を誇る。
ゲームではHPがゼロになるだけで済むが、現実でそうは行かない。慌てて私は声を張り上げた。
「オルヴァーさん! その投げ付けてくるランタン、当たったら死にますよ!!」
「は? 説明が雑過ぎるだろ」
語彙力が貧困過ぎて上手く伝わらなかった。そうこうしている内に、ランタンを振り子のように揺らしていたジャック・オ・ランタンが持っているランタンを手放す。
くるくると愉快に回転しながらオルヴァーの脳天目掛けて放られたそれを、軽いステップで彼が回避する。回避して――目を見開いた。
ランタンは床に落ちたと同時、盛大な炎を撒き散らしながら床を突き破って落ちて行ったからだ。それはさながら、炎を撒き散らす鉛のようなものか。当然、ゲームでのエフェクトと現実でのエフェクトを見るに鉛如きの重さではなさそうだが。
「何だその破壊力は!」
「絶対に受け止めたりしない方がいいよ、オルヴァーさん!」
「見たら分かる……!! だが、今のでランタンは――」
無くなった、と続くはずだったオルヴァーが絶句した事により続きの台詞は聞けなかった。拾った様子は無かったが、カボチャ頭の手の中にはランタンがゆらりゆらりと揺れている。
あれは何なのだろうか、身体の一部なのだろうか。ゲームでも現実でも同様の事象が起きている事からして、やはり肉体なのかもしれない。
「あ! やっと完成した! 早速、やってみるね」
ランタン騒動で慌ただしくしている内に、作製していた治癒魔法が使えるサイズにまで成長した。急に使ってオルヴァーが見ていなかったら問題なので、声を掛ける。対する推しメンは聞こえている、と言わんばかりに緩く片手を挙げた。
――えっ、何それトキメク……!!
ゲーム内でこんな描写は無かった。これが三次元の破壊力って奴か、身に染みて分かった。
発動させた治癒魔法がジャック・オ・ランタンに炸裂。それは穏やかな薄緑の光を撒き散らしながら、魔物と包み込む。完全に攻撃ではなく回復をさせているようなエフェクトが舞った。
が、反応は顕著に返ってくる。祝福を受けたはずの魔物が漂っていた宙から床へ足を下ろす。まるで実体があるかのように着地し、困惑を示していた。
「はっ! 実体を持ったら浮いてる事も出来ねぇって訳か!!」
獰猛な笑みを浮かべたオルヴァーが得物を上段に構え、一足でカボチャ頭に肉薄する。瞬間、躊躇いを感じさせない程早急に速やかに、頭を叩き割った。
そう、頭部はカボチャで出来ている。にも関わらず、かち割った時の音は何故だか人体を破壊したような音に似ていた。中身の無いカボチャ頭から橙色の光が溢れ出て、大気に溶け消える。
言い知れない後味の悪さを覚えながらも、私は深く呼吸した。蓋を開けてみれば、オルヴァーの圧倒的攻撃力で一撃粉砕してしまった訳だが、冷静になればなかなかに無茶な事をしたと思う。相方が彼でなければ、恐らくこんなに上手く行かなかっただろう。
「お、おつかれ」
「対処法が分かってりゃ、世話無かったな」
「これからどうする?」
「そろそろ集合するか……。コイツが屋敷にいる魔物の親玉だろ。上級魔物に見えるしな」
――そうだろうな。
オルヴァーの言葉に心中で頷く。サツギルのゲームは設計上、一つのマップに1体のボスしかいない。ジャック・オ・ランタンがそれである事は明白なので、後に残っているのは先程のウルフの群れやその他雑魚魔物だろう。
「玄関ホールに行けばいいかな。まあ、結構経ってるしそろそろ誰か帰って来てるよね」