8話 天然物のお化け屋敷

03.クエストへのお誘い


 ***

 今日は何だか忙しい。
 オルヴァーに代わり、続いてやって来たのはベティだった。彼女は相談があって相談室へ訪れた訳ではないらしい。駄弁りに来たとの事。そういえば、私と彼女は本来のゲーム軸であればとっくのとうに親友のはずだった。

「そういえば、最近デレクとはどうしてるの? 何かあんまり一緒にいる所を見ないけれど」

 攻略に失敗したのだろうか? 凄く気にする程、2人を見ていた訳ではないがベティとデレクは常に一緒だというイメージが先行してしまい、違和感を覚える。
 対し、ベティはあっけらかんと首を振った。

「いやさ、今はちょっと別々にクエスト受けてんの」
「なんでまた」
「ここ最近のクエストで、私達が他のメンバーに比べてまだまだ弱いって事が分かったからさ。身内以外のパーティで戦い方を学ぼうと思って」
「身内!?」
「えっ、何かマズかったか?」

 息切れとキツケに襲われる。身内って事はつまり、ストーリー序盤にして彼女等は既にそういった仲だという事か? 着々と親交を深めているようで嬉しい限りである。
 上がる心拍数を無理矢理抑え、深呼吸する。私、この世界にいたらイベントとか関係無く心臓発作とかで普通に死ねるかもしれない。

 唐突な私の奇行に驚いたのか、ベティが身を乗り出して背中を軽く叩く。喉に何かを詰まらせた、もしくは身体に異常が生じていると勘違いされたようだ。大変申し訳ない。

「ご、ごめん。ちょっと胸が一杯になっちゃった」
「大丈夫か……? シキミ、たまにそういう感じになるよな。手遅れになる前に、医者に診せた方が良いぞ。早期治療、大事」
「いや大丈夫。不治の病的なあれだし、命に別状は無いから。多分」

 なおも何か言いたげなベティには気付かないふりをして、話の軌道を戻す。私の発作などはどうでもいい。

「えーっと、それでベティは今、ちょっとデレクと離れてレベリング……じゃないや、修行中って事ね!」
「そうだな。あと1週間くらい経ったら、また合流しようとは思うんだけど」

 うんうん、と私は大きく頷いた。
 このイベントはデレク個別シナリオの中にあるものだ。かなり序盤に発生するチュートリアルみたいに易しいイベント。一定期間内に、ヒロインのレベルをオーダーまで上げればクリアで、しかも期間は長い。サツギル内における最も簡単な個別イベントだ。
 どれだけの迷える乙女がデレクと再びクエストへ出る為にこのイベントを秒で終わらせた事だろう。乙女ゲーマー達に掛かればあら不思議。一瞬で規定のレベルに到達してしまう。

 何よりゲームを終盤まで進めればシステム面から見てヒロインが他のどのメンバーより強くなるゲームなのだが、とにかく序盤はヒロインが弱い。レベル上げ用のイベントを用意してくれるとは流石、パッケージセンターのデレクである。

 だが同時に、ヒロインの時間軸で見るとやはりサイモンの幽霊屋敷イベントが発生しているのはおかしい。彼のイベント進行はかなり遅く、ヒロインが育ってから、ようやく個別シナリオに入れるような難易度だ。
 やはり現実とゲームは違うという事なのか。混乱するので、時系列通りにイベントを発生させて欲しいものだ。

「――……何にせよ、早くデレクと合流出来るといいね。ベティ」
「おうさ!」

 と、不意に相談室のドアがノックされた。誰か来たのか、と思ったが目の前には来客であるベティがいる。札を返しているはずなので、入室者がいる事はドアの外にいる人物も分かっているはずだ。急ぎの用件、もしくは相談しに来た客ではないのか?
 申し訳無さそうな顔をしたベティが椅子から立ち上がった。

「あ、ごめんごめん。私は別に何か相談があってここにいる訳じゃないし、次の相談者に代っていいよ。長居して悪かったな」

 彼女の言葉と同時、業を煮やしたのか外にいた人物がドアを開けて入って来た。鍵などは無いので、入室しようと思えば出来る設計なのである。
 果たして、やって来たのは珍しい事にアリシアだった。オルヴァー達のパーティメンバーだが、私とはあまり接点が無い。アイドルの件で同じクエストを行ったくらいだ。ベティなんてもっと面識が無いのではないだろうか。

 案の定、なんとも言えない空気がその場に満ちる。それを意に介した様子も無く、アリシアはペラペラと言葉を紡いだ。

「いや悪いね。中に客がいる事は分かってたんだけど、長引きそうだったしこっちの用件はすぐに終わるかもしれないからさ。入って来た」
「そうだったのか。じゃあシキミ、私は外に出ておくから――」
「あん? 遠慮するなよ、丁度良いからお前も聞いていけって。会話聞いてたけど、仲良いんだろ、お前等」

 オルヴァーのパーティは一見すると人間に見えるが、人ならざる者達が集うパーティである。それはつまり目の前のアリシアも例外ではなく、壁から漏れる音を拾うなど造作も無いのだろう。
 終始、話の内容を理解できない私を置いてけぼりに彼女は用件を伝えてきた。

「シキミ、今から私達とクエスト行こうぜ。勿論、そっちのお友達も一緒にさ」
「今から? 随分と急だね」
「リリカルの件からちょっとお前の事、気になってたんだよ。オルヴァーも連れて行くから行こう!」
「え、ちょ……」
「行こう!!」

 最早、行きませんかというお誘いではなく強制。管理人側のスペースにまで入り込んで来たアリシアに引き摺られるようにして外へ連れ出される。何と言う力だろうか。確実に人間女性の腕力では無い。そして、引き摺られていく私を止める事に失敗したベティもオロオロと後を付いてきている。これからどうなるのだろうか。