8話 天然物のお化け屋敷

02.別件の確認


 ――殺されるかと思った……。
 ここ最近で一番の緊張感と生命の危機だったが、無事生き残る事が出来た。翌日から相談室に顔を出さなくなったら察して欲しい。

 胸をなで下ろしたのも束の間、あまり間を置かずして新たな来客がやって来た。ノックもせず、勢いよくドアを開け放つ。

「よお。さっき、サイモンのやつが出て行ったぞ」
「オルヴァーさんこんにちは」

 キレ芸のオルヴァーが入室してきた。手慣れたもので、私はカーテンを開け放つ。推しのご尊顔を合法的に眺めるのが許された時間だ。
 椅子にどっかりと座った彼は腕を組み、背後を気にしている。オルヴァーとサイモンの絡みなど、ゲーム内では皆無だったが互いに顔見知りなのだろうか。彼等はどちらもギルド内の有名人だし、面識くらいはあっておかしくないが。

「サイモンさんとは、知り合いなの?」
「あの人でなしとか? まさか。ギルドにいれば、互いの顔くらいは知ってる」
「人でなし……」
「お前も、あの清廉潔白そうに見える顔に騙されない事だな。アイツは屑の見本みたいな奴だ」

 吐き捨てるようにそう言ったオルヴァーは正しく侮蔑を滲ませる面持ちをしていた。彼はあまり他人の事を気に掛ける性分では無いので、もしかするとサイモンはゲーム時よりリアルの方が危険性を持つ人物なのかもしれない。ヒロインとして、彼のシナリオをプレイして分かった異常性など、氷山の一角という訳か。

 しかし、狂信者の話をしに来た訳では無い。あまり関係の無い世間話に時間を割く訳にも行かないので、話を変える。

「それで今日は? 何を話そうか」
「というか、お前に訊きたい事がある」
「え? オクルスさんの事?」
「いや、アリシアの件だ。奴がお前について執拗に訊いてくる。何かやったのか?」

 アリシアと個人的に接触した記憶は無い。必ず彼女の仲間1人以上が一緒の時にしか、話をした事が無いはずだ。何か彼女の勘に障る、もしくは興味を惹くような何かは一切無いと言える。
 本当に心当たりが無いので私は首を横に振った。

「全然心当たりが無いけれど……。ほぼ面識無いし、たまにクエストに混じってるモブくらいにしか思ってないんじゃないかな?」

 ――相談室に来た事も多分無かったはずだし。
 とは言わなかった。個人情報漏洩になるかもしれないと思ったからだ。情報ゼロ発言に、オルヴァーが深く眉根を寄せる。

「そうか……。お前、何故相談室なぞ七面倒臭い事を始めた?」
「えっ、何なの急に」
「誰かの紹介か? なら、その中の誰かとアリシアが関わっていたかもしれないだろうが」
「私と直接関係があるんじゃなくて、人の繋がり的な問題で? それはないかなあ。相談室を始めたのだって、単に思い付き……。ギルドというか、この世界そのものが好きだったからで」
「はあ? 何を言っているんだ……」

 低く唸ったオルヴァーは、そこで考えても答えに辿り着かないと悟ったのか、深いため息を吐くとその話題を終了させた。

「それで今日は何をしに来たの、オルヴァーさん」
「いや、アリシアの件を確認しに来ただけだ」
「あ、そう。……あ」

 色々と迷っているオルヴァーを急かすのもアレだが、ここで私は自身の――というか、正確にはリオールの死亡イベントが迫って来ている事実を思い出した。

「何だよ」
「そのー、あんまり急がせるつもりは無いけれど私に何か相談したいのなら早めにね。長く掛かりそうなら、あまり私をアテにしない方が良いかも」
「閉めるのか、相談室」
「閉めないよ」

 怪訝そうな顔をしたオルヴァーだったが、そのまま椅子から立ち上がった。本当にアリシアの件だけを調べに来たのだろう。短く挨拶すると部屋から出て行ってしまった。

 ***

「何だったんだ……」

 相談室を後にしたオルヴァーは、ここ最近ですっかり習慣になってしまったドアの札を表に戻す。
 シキミの態度がチラと脳裏を過ぎる。相談室を閉めるつもりは無いと言っていたが、奇人変人ばかりが集まるこのギルドだ。クレイジーメンバー達の相談に嫌気が差して来たのかも知れない。

 考え事をしていたので、気配に一切気付かなかった。ドアに背を向け、ロビーへ戻ろうとしたオルヴァーは突如、目の前に現れたその人物に声にならない悲鳴を上げた。

「よぉ!」
「……っ吃驚するだろうが、もっと早く声を掛けろ!!」
「いや、そんなに驚くとは思わなくて。なになに? 考え事?」

 そう言ってアリシアはニヤニヤと何か企んでいるような笑みを浮かべた。明らかに相談室から出て来た仲間の動向を見て面白がっている。面倒な時に捕まってしまった。
 そのままスルーしようと思ったがアリシアはそう甘くは無い。歩き出した隣にピタリと並びなおも話題をほじくり返してくる。

「お前さ、最近シキミと仲良いじゃん? もしかして、結構通ってるの? 相談室」
「通ってない……」
「寂しいじゃんか。私達というものがありながら!」

 冗談めかしてそう言い、大袈裟に落ち込んでみせるパーティメンバー。彼女はいちいち動作が大仰だし、そもそも寂しいなど心にも思っていない事だろう。こちらをからかって遊んでいるのだ。
 こういった手合いは無視するに限る。いつもの事だ。放っておけば、すぐにこの話題など忘れ――

「なあなあなあなあ!」
「ああもう、煩い!! 別にお前等より優先する程の相手じゃねぇんだよ、絡んでくるな!」
「そうやってすぐ大声出すじゃん。私が言うのもなんだけど、もっと煽りに対して冷静に対処した方が良いぞ。うん。つか、思いの外つまんない解答だったなあ……」
「お前は俺をどうしたいんだ……」
「まあいいや。私は今から楽しい企画の運営やんなきゃいけないし。あ、あとさ、何か相談室に関してはルグレが物騒な事言ってたから。気を付けろよ」
「は?」

 ルグレが物騒なのはいつもの事だ。が、その矛先が彼が絶対に使わないであろう相談室へ向けられているのは謎である。問い質そうとしたが、アリシアはやって来た時と同様に軽やかなステップでさっさと歩き去って行った。何をしに来たんだアイツは。