8話 天然物のお化け屋敷

01.なんちゃって聖職者モドキ


 サツギルゲーム内には現実にいたら危険過ぎて近付かないどころか、同じ空気すら吸いたくないタイプのキャラクターが複数存在している。そこそこの人数がいて、それぞれ違うベクトルで危険人物なので紹介は割愛させていただくが。
 ちなみにオルヴァーパーティも相当の奇人達が集ってはいるが、彼等は好感度さえ上げれば何てことは無い。そもそも、ゲームであれば許容範囲内に入る部類の性格なのでヘイトは向きづらいと言えるだろう。

 時は16時。日が傾き、日中型のギルドメンバーと夜型のメンバーの入れ替わりが始まる時間帯。相談室をもうそろそろ閉めるべきか、このまま日が暮れるまで開けておくか、私はのんびりとそんな事を考えていた。
 静かな室内にドアをノックする音が響く。オープンの札を掛けている時のノックは結構貴重だ。何も言わずにドアを開け放つ相談者が多いからだ。

「はーい、開いてますよー!」
「やあ、お邪魔するよ」

 その涼やかな声を聞いた瞬間、息を呑む。
 完全に悪い意味で脳内に刻まれた聖職者然としたこの声の持ち主はサイモン。見た目や立ち振る舞いに関してはどこから見ても聖職者。彼が神父であると自己紹介しても、誰も疑わない事だろう。

 しかし事実は狂信者。彼の個別シナリオは邪悪の一言に尽きる。あまりにも邪悪過ぎて、逆にシナリオが気になってしまい、最後までプレイしたが地雷を踏んだ時以上に後悔させられた。
 狂信者を改心させ出頭エンドを迎えると予想していたのだが、予想の斜め上。何故かヒロインまでサイモンに洗脳されてしまい、彼の思想に染まるというどう解釈すればいいのか分からない場所に着地してしまった。

 冷や汗を掻きながら、思考を巡らせる。もしここで変な態度を取ろうものなら、何をされるか分かったものではない。ヒロインでもない私は、サイモンにとって羽虫のような存在に他ならないだろう。
 彼との正しい付き合い方は「彼に認識されない事」である。仲良くなろうなどと思ってはならないし、邪険にしても彼の気を引いてしまうのでよろしくない。何て面倒臭いんだ。

「あれ、固まってしまって、どうしたんだい?」
「あ、いえ、何でも」

 カーテンがきっちり閉まっている事を確認。あくまで平静を装い、背筋を伸ばす。何も知らないふり。それが最善だ。

「ここが最近出来た相談室か。ふふ、解決策を提示してくれる所は教会の懺悔室とは違うね」
「そうかもれませんね。ところで、相談は?」
「ふふ、急かすね。いやそれがね、持っている屋敷の一つがご近所さんから幽霊屋敷だって言われているそうなんだ」
「はあ……」
「ギルドに除霊師とかいないかな? 幽霊って、魔物とは違うんだろう? やっぱり、そういった職業のメンバーに除霊をお願いした方が良いかと思って」

 ――このイベントは……。
 私の脳裏に嫌な記憶が蘇る。これは胸糞イベントだったはずだ。サイモン自身は屋敷に幽霊が棲み着いている、などと宣っているが実際は魔物の住み処になっている。自分で掃除するのが手間だと感じたサイモンは、屋敷の整備をギルドに依頼するのだが――

 依頼内容の部分に「お化け退治」などと書いたせいで、魔物であるゴーストが出ると思ったギルドメンバーが中堅パーティを組んで屋敷へ赴く事となってしまった。その中にはメインストーリー半ばのヒロインもいたのだが、アホみたいに強い魔物に敗れる。仲間の大半が死亡した所で、サイモンが駆け付けて来、その魔物を討伐するというシナリオだ。
 ヒロイン以外のメンバーは全員死亡しているにも関わらず、サイモンのコメントはと言うと「僕と君が無事だったのに何か問題があるのかい?」というサイコパスっぷり。こんなの、乙女ゲームで使っていいシナリオなのかと目を疑った。

 あと、もう一つ気になっている事がある。サイモンの幽霊屋敷イベントはメインストーリーを半分以上進めた頃にしか出現しない。ヒロインであるベティの様子を見るに、まだそのイベントに辿り着けるはずがないのだ。
 なお、前回のクエストで私はリオールというヒロイン親友のモブであるのが判明したが、サイモンの幽霊屋敷イベント時には間違いなくリオールは死亡済みだ。
 時系列に狂いが生じるのは少しばかり困る。リオールに関する死亡イベントの発生時期が予想出来なくなるからだ。

 ――いや、取り敢えずこの相談に関して何か答えよう。
 このままでは罪の無いギルドメンバーがお化け退治クエストと勘違いして、死地へ赴く事となってしまう。それとなくクエストボードに貼る依頼票はきちんと書くよう誘導しなければ。

「ギルドメンバーに除霊が専門の方はいないと思いますよ。後それ、本当に幽霊ですか? 凶暴な魔物か何かなのでは?」
「どうだろうね。魔物なのかな?」
「ギルドに依頼するなら、きちんと調べてからでないと。怪我人や死人が出てしまいます」

 カーテンの向こう側で両肘を付いていたサイモンが僅かに肩を揺らす。笑っているようだ。

「確かに、君の言う通りだね。まあ、ギルドに依頼するなんて、まだ一言も言っていないけれど」
「……除霊師のメンバーにお願いするって言ってたじゃないですか」
「それは依頼をギルドにするって意味にはならないよ。直接会って、僕が除霊の術を学ぼうとしているかもしれないだろう」

 私の言動の何かが彼の興味を惹いてしまったらしい。ゾッとして息を呑む。しかし、幸い彼はすぐに私から興味を失ったらしく椅子から立ち上がった。

「そろそろ戻ろうかな、君に相談して良かったよ。縁があれば、また来るからよろしくね」
「はあ、どうも……」
「ギルドマスターが相談室は割と面白いとか言っていたけれど、うん、楽しめそうな気はするな」

 最後にホラーじみた言葉を漏らしたサイモンが相談室から退室した。