08.人形的優先順位
困惑する私を余所に、まず動き出したのはオルヴァーだった。ギルドにおける、正真正銘のストレートな武闘派はゴーサインが出てからの動きも人一倍速かったのだ。
「オラッ!!」
持っている得物すら使わないフリースタイル。軽く地を蹴ったとは思えない速度の膝蹴りが先頭に立っていた男を襲う。哀れ、人外の威力で繰り出されたそれを受けた男は声も無く吹き飛んでそのまま崩れ落ちた。
あまりにもショッキングな出来事に、男達がたじろぐ。そりゃそうだ。人とは思えない吹っ飛び方をしていた。
「いけいけー! やっぱり武闘派の皆さんは違うね!」
楽しげにそう言うリリカルを横目に、私は半狂乱で走って来た男一人に狙いを定める。走り方、視線の動かし方――どれを取っても、師匠達に鍛えて貰う前の私と同じ。つまり、彼等はド素人である。
魔法なぞ使っていたらうっかりで殺人犯の汚名を着せられかねない。短く息を吐き、こちらなど見てもいない男の足に、足を引っ掛けて転ばせる。
転がった男に手を翳し、意識を奪う為の下級魔法を放つ。かなり近距離でしか発動出来ない上、魔法職にはほぼ効かないという使い勝手の悪さだが、今回に限りは大活躍だ。流石に私では大人の男性の意識を奪うような格闘技は使えない。
「よし、一人倒した!」
「遅い」
すぐに返事されて周囲を見回す。オルヴァーがジト目でこちらを見ていたし、何ならその足下には残りの男達も横たわっていた。仕事がお早いようで何よりである。
これまた見事な手際でオルヴァーが男達を縛り上げる。捕縛用に持っておいたロープがまさか活用されるとは。人生何が起きるか分からないものだ。
「この人達……どうするの?」
不意にシーラが訊ねた。相変わらずの眩しい笑顔でリリカルがぐっと親指を立てる。
「然るべき場所に突き出して、然るべき処理を受けてもらうよ!」
「分かった……。ルグレに手配して貰う」
「シーラちゃん、まだ楽屋付近に彼等のお仲間がいるかもしれないよ! みんなで一旦中に入ろう」
そういえば、楽屋組はどうなったのだろうか。未遂で終わらせない為、出来れば中にまで侵入して欲しいと言ったのは襲撃を受けるリリカル本人なのだが。勿論、戦闘面でアリシアとルグレが引けを取るとは思っていない。彼等はサツギル内でも屈指のチート枠だからだ。
――と、男達の中の一人が目を覚ました。攻撃の当たり所が良かったのか、意識を取り戻すのが幾分か早い。
「やあ! まだ眠っていて良かったんだけどな」
そう呟くリリカルは満面の笑みだ。それ以外の表情が無いのかと錯覚してしまう程度には。
アイドルスマイルを見せ付けられた男は、何を勘違いしたのか必死に弁解を始める。どういう思考回路をしているのか本当に謎なのだが、何故かリリカルの後ろ盾を得られたと思ったらしい。本当にどうってんの?
「ちっ、違うんだよぉ。僕達はリリカルちゃんの邪魔をしたかったんじゃなくて……ただ、事務所というしがらみから解き放ってあげたかっただけなんだ! 全てはリリカルちゃんの為というか――」
「どうしてそれが私の為になるのかな? あまり理論的では無いね? 私はアイドルであり、アイドルという舞台に立ち続ける、ただそれだけの為に存在しているのに、事務所から解放してどうしたいのかがさっぱり分からないよ!」
「へ? だけど……」
「私がいつ、アイドルを辞めたいだとか、事務所がどうのって言ったのかな? かな? そんな言葉は一言だって発していないよね? 発言を全て記録しているから、間違うはずも無いんだけど!」
「でも」
「君達が何をしたいのか全然分からないや! 私を応援したいのであれば、ライブに来てくれるだけで良いんだよ? まあでも、君達はファンだとか以前に犯罪者だから。しっかり然るべき機関に引き渡すけれど!」
にべもなくバッサリ一刀両断。確かに男の言っている言葉の意味はまるで理解出来ないが、それにしたってこのアイドル、色々と容赦が無い。
何より彼女とそのファンの間には明確な温度差が存在している。必死を表す熱量を持つ男に対し、リリカルは全くの平温。何なら、彼等がファンではなく犯罪者にクラスチェンジした瞬間から興味も失せたようだった。
しかしそれは、彼女がドールというお人形さんである事を知っている私の視点からすれば何らおかしな事ではない。彼女は公的秩序に則り、機械的且つ合理的に犯罪者を捕らえたのであって、そこにファンの垣根など存在しないからだ。
リリカルは第一に人間に危害を加えないお人形であり、第二にアイドル。この順序は例え何が起きても起きなくても覆りはしない。そこにお人形さんの感情は無いのだ。
おい、という聞き慣れた推しメンの声で我に返る。オルヴァーと目が合った。
「お前、戦えたんだな」
「いやまあ、この間も言ったかもしれないけれど修行を少々」
短期で使えるように育ててくれた師匠2人には感謝しかない。他の師匠だったら、こうも上手くは行かなかっただろう。
「じゃあ、一旦楽屋に戻ろう!」
何事も無かったかのようなリリカルの言葉に従い、一度戻る事と相成った。