06.物騒な人
ところでさ、とルグレをよく知る者が聞いたら不穏すぎる会話を切り上げ、アリシアは自らの恰好を指さす。
「こんな服、久しぶりに着たけどどう? 可愛いだろ」
「自分で言うなと言いたいところですが、まあ、似合っていますよ」
「この全肯定マシーンめ」
この服、と言うのが楽屋へ来る前に渡されたリリカルの衣装である。ふんだんにあしらわれたフリル。それに合せてメイクもして貰ったので、初めてアリシアと出会った人物は彼女の本当の人物像など想像も出来ないだろう。
指摘されて再びアリシアの恰好を上から下まで、じっくりと眺めたルグレは何かに納得したかのように深く頷いた。
「何を着ようとも似合うのですが、僕としてはもう少し落ち着いた恰好が好みです」
「お前の好みは別に聞いてないわ」
「ええ、知っていますとも」
話をしていると、まさに忍び足で移動するような足音を耳聡く聞きつける。人間というのは可愛らしい生き物で、悪い事をしようとする時、物理的な物音は控えるのに緊張感は全然隠そうとしない。小賢しくて可愛らしいが、今回は調子に乗ったアホを伸すのが仕事だ。大人しく座っている訳にもいかない。
「ニンゲン、という感じの気配ですね。話題にもならないような」
当然、来訪者の気配に気付いて居るルグレはそう言って優雅に紅茶を飲む。歯牙にも掛けない態度は順当であるものの、クエスト――つまり仕事の為にいるのだから、もう少し緊張感を出して欲しい。
カチャリ、と僅かな音を立てたカップが元の位置に戻された瞬間。蹴破るような勢いで男が3人、楽屋へ押しかけてきた。何故今まで忍んでいたようだったのに、唐突に目立つような事をするのか。理由を聞きたい。
「さ、お仕事だお仕事。お前、私に任せきりでサボるんじゃないぞ」
「僕が貴方を差し置いてサボった事などありますか? むしろ、休んでいて構いませんよ。アリシア」
「休んでていいんかい!」
ルグレは何がどうあっても有言実行型だ。冗談を叩き合っていたのだが、言っていた事は間違いなく本気。彼は冷え切った渋い紅茶を一番手前にいた男に勢いを付けて掛けた。
熱くもなければ有害な物質という訳でもない。害があるとすれば、着ている服の素材によっては染みになる可能性がある事くらいだろうか。
案の定、大してダメージを受けていない男が激昂する。
「何しやがるテメェ!」
「乱暴に人が入って来て驚いたので、つい」
「嘘吐け嘘を!! 明らかに俺をロックオンしてただろうが!! 落ち着いてるしよぉ!!」
――うんまあ、そうだな。
男の言葉に同意しつつ、ルグレとの会話に気を取られている別の男に接近する。気付いたその男は困惑するようにその場に硬直した。
機を逃さず、直立不動の男の足に足を掛けて床に転がす。信じられない程あっさり倒れた所を見るに、冒険者だのギルドメンバーだの戦闘を生業とする職に就いている訳では無さそうだ。
起き上がろうとした男の頭を掴み、後頭部を床に打ち付ける。伸びた男をそのままに、次を相手しようとしていたら盛大な音を立てて残り2人が床に伏した。
室内には黒い靄のようなものが立ちこめている。成る程、ルグレが使用した魔法の効果らしい。
「アリシア……その男、まさかうっかり殺していませんよね?」
「お前と一緒にするな。生きてるさ、多分」
「たぶん」
眉根を寄せたルグレが屈み、男の脈を調べる。
「まあ、生きていますね。まさか一仕事終えた後に隠蔽工作でもしなければならないかと思いました」
「何なのお前。もう黙ってた方が良いよ。ギルドを追い出されるわ」
溜息を吐いたアリシアは椅子に座り直す。知らん男共を床に転がしてお茶し直すのは気が引けたが、かといってふん縛るというのも面倒だ。まあ、起きたらもう一回眠らせれば良いだけの事である。
楽屋外の連中はまだ仕事が始まってすらいないようだが、待っておくとしよう。手助けなんてしなくても、オルヴァーもシーラもいる事だしどうにでもなるはずだ。
考えている事は一緒だったのか、楽屋の備品で勝手に湯を沸かし始めたルグレがのんびりとイスに座り直す。
「僕達の役目は終了ですね。お茶でも飲んでゆっくり待つとしましょう」
「よくこの惨状で茶をしばけるね、お前」
相棒からは謎めいた笑みを向けられただけだった。いやもう、慣れだ。慣れ。