7話 アイドルと身代わり人形

05.アリシア達の密談


 ***

 作戦の決行日がやって来た。現在はリリカルの楽屋にて、参加メンバーが顔を突き合わせている状態だ。
 メンバーがメンバーなので粛々とした空気の中、一人だけ場違いに明るいアイドル様は意気揚々と場を仕切り始める。それそのものに問題は無いが、温度差が激し過ぎる問題に関しては辟易せざるをえないだろう。

「よーしっ、今日はみんな集まってくれてありがとー!! お話したのが3日も前だから、私からもう一度概要の説明をするよ!」
「手短に話せ」

 切れ味よくそう言ったのはオルヴァーだ。彼は腕を組み仁王立ちしている。アイドルのボディガードと言うより、屈強すぎるゴロツキのようだ。
 彼の態度など物ともせずリリカルはオッケー、と手でゼスチャーする。

「まず、楽屋待機組がアリシアとルグレ。実働部隊が私達だよ! 気を付けて欲しい事が一つだけあるからよーく聞いてね! 犯行声明を出してる犯人達なんだけど、まだ殺人未遂の段階だから必要以上にボコったりしないように! 然るべき所を出て、然るべき処理をするからそこんとこよろしくね!」
「面倒だな。元々、人間を殺すつもりは全く無いが過剰防衛を控えろという事か?」
「オルヴァー、君が本気でニンゲンなんて殴ったら一発即死もあり得るからね! 気を付けてね!」
「なんで最近、こんな面倒なクエストばっかりなんだ……」

 力自慢、というより地力が強いオルヴァーは既に憂鬱そうだ。
 相方が気安くアイドルに口を利いたおかげか、今度はシーラがおずおずと左手を挙げる。

「これが終わったら、サインを貰ってもいい?」
「オッケー! 私のファンだったんだね! ペンと色紙はあるかな?」
「ない……」
「りょ! 用意させておきまーす」

 ――ファンだったのか……。
 全然そういう素振りを見せなかったシーラだったが、アイドルからの嬉しい返答に顔を綻ばせている。サツギル内でこの2人の関わりは全く無かったのでこういう絡みは大変新鮮だ。供給ありがとう。

 なあ、とアリシアが今度は首を傾げている。何か疑問でもあったのだろうか。

「結局何でお前って、犯罪者予備軍から脅迫状が届いたんだっけ?」
「うん? それなら多分、告白されたのを振ったからだね! ほら、私はみんなのアイドル! 誰か1人のものには慣れない運命なんだよ!」
「へえ。メンドイね、アイドルって」
「人の心は複雑怪奇だよね!」
「まあ、それは思うけれども」

 おい、と苛ついたようにオルヴァーが和やかな会話を強制的に停止させる。

「さっさと始めるぞ、いつまで喋っている」
「了解! それじゃあアリシア、ルグレ。楽屋の方はよろしくね!」

 華麗にポーズを決めたリリカルに押される形で、実働部隊である私達は楽屋の外へと追いやられた。始めるのが唐突。

 ***

「なかなかにそそっかしいなあ」

 出て行った実動部隊を見送り、アリシアはポツリと呟いた。現在、この楽屋と呼ばれる部屋にいるのはアリシア自身とマネージャー役のルグレだけだ。よって、呟きに対する反応をくれるのもルグレだけである。

「シーラが少しだけ心配になりますね。彼女は主張が少ない」
「リリカルからサイン貰ってご満悦だったし大丈夫じゃね? 犯罪者予備軍、つったって所詮はニンゲンだろ。大した事ないね」

 そうですね、と相槌を打ったルグレが手近な椅子に腰掛けた。不意に何かを思い出したように首を捻る。

「そういえば、彼女、気になりますね」
「え? リリカル?」
「いえいえ。相談室の彼女ですよ。少し見ていない間に、シーラと仲良くなったようだ。それに、オルヴァーも彼女の事をそれなりに知っているようですし」
「ああ、はいはい。オルヴァーのがシキミに絡み始めたんだよ」
「それは珍しい」

 そう言ってルグレが微笑む。続く言葉は長年の付き合いであるアリシアには簡単に予想ができた。

「オルヴァー達が望むのであれば、是非、相談室の彼女にも私共のパーティに……」
「お前それ、割と顰蹙買うらしいから止めとけよ。ニンゲンってほら、生き物だからさあ」
「欲しいのなら与えればよい、それだけの話では?」
「ギルドに居づらくなるから手出し無用で。まあ、どうにかして欲しけりゃ、オルヴァーかシーラがこっちに話通してくるだろ」

 あの幻獣義兄弟達が人間の娘1人にゴチャゴチャと小難しい理屈を考えるとは到底思えないので、アリシアはそう言って相棒の頭が可笑しいとしか思えない発言を聞き流した。紅茶を飲んでみたが、かなり渋くなっている。淹れるの下手クソか。