02.アイドルからの相談
「それでね、相談したい事なんだけど」
微笑んだリリカルが話を進める。やっと本題に入ってくれるようだ。ホッと胸をなで下ろし、鈴を転がすような美声に耳を傾ける。
「実は次のライブに犯罪予告が届いているの! 私は問題無いけれど、世間体とファンのみんなに危害が及ぶ事を考えると何か対策を取る必要があって!」
「犯罪予告……? 人気者になると、そんな物が届くようになるんだ。こういうのって大半はただのイタズラだって聞くけれど」
「ううん。今回は本気みたい!」
そう言うと、リリカルは懐から取り出した紙を机に置いた。犯罪予告の手紙を持ち歩いているのか。怖い物知らず過ぎる。いや、本当に恐くないのかもしれない。そうでなければ今の一連の流れで世間体などという生々しい言葉を可愛らしい声から聞くはずもないだろう。
黙り込んだ私の反応を、「犯罪予告と見せ掛けたイタズラだと思っている」と判断したらしい。リリカルが蕩々と説明を始める。
「まずこの犯罪予告。新聞の印字を切り貼りして作っているの。筆跡から顔が割れないようにする為だね」
「よくある手段だなあ……」
「糊付けする時に緊張したんだろうね、文字が所々ガタついているよ! 文字を1つ1つ貼ったんだと思うけれど、最初の1文字目から最後までじっとり汗を掻いているのが解析で分かったよ! この異常な汗の分泌は気温のせいではなく、ヒトが緊張をした時に分泌される方の汗」
「あ、もういいです。分かったから、分かりましたから!」
非常に長い話になりそうなのを察してストップを掛ける。流石はドール。人間の生理的な反応から、犯罪予告が本当になる可能性をあぶり出したのか。確か、ゲームの方でも人体の特性を活かした謎の名推理なんかを披露したりしていた。
ごほん、と仕切り直すように咳払いしてリリカルの言葉を要約する。
「じゃあつまり、このどうも本物っぽい犯罪予告の手紙について対策を取りたくて相談室に来たんだね?」
「そう! どうすればいいと思う?」
そんなものは簡単だ。私は迷う事無く――何なら深く考えず、最も正解に近いと思う対策を口にした。
「ギルドの掲示板にクエストとして貼ろう。私の力じゃ、もし本当に犯罪者が現れた時に対応出来ないからね。ギルマスに相談すればすぐに解決してくれるっていうか、人を貸してくれると思うよ。ギルドの看板アイドルだし」
「分かった! じゃあ早速、マスターさんに相談してくるよ! お話聞いてくれてありがとう!」
来た時と同様、元気一杯に立ち上がったリリカルはそのまま去って行った。勿論、最後に営業スマイルで手を振る事も忘れずに。
それにしてもギルドマスターに相談するのは最優先事項。恐らく彼女は、対策なんて相談室には期待していなくてドールについての事実を知っているかどうかの確認が第一目的だったのだろう。
***
その後、至っていつも通りに流れる日常でリリカルが来た事などすっかり忘れていた。思い出したのは夕方。16時を少し過ぎたくらいだろうか。ギルドの受付にいた子が、ギルドマスターに呼ばれていると伝えに来たのだ。
途端、朝リリカルに話した内容が脳裏を過ぎる。全く無関係かもしれないが、マスターの名前を出した事で何らかの問題が生じたのかも知れない。
私は重い足取りで指定された執務室へ向かった。
「失礼します、相談室のシキミです」
「入っていいよ~」
間延びした了承の言葉に返事をして、重厚なドアを開ける。開けて、そして間髪を入れずそのドアを閉めた。
おかしい。何だか色々と理解の限界を超えた光景が見えた気がする。マスターと、リリカル。この2人に関しては何らおかしな事は無い。朝の件だろうか、とそれだけだった。
が、彼等の隣には更に4名。知識としては知っているが、面識はあまりない方々がいらっしゃったのだ。
オルヴァーの所属するプライベートパーティの4人。オルヴァー、シーラ、ルグレとアリシア。前回一緒にクエストへ行ったオルヴァーとシーラはまだしも、ルグレ&アリシアに関しては全くの他人だ。
――いや待て、ゲーム脳が見せた幻かも。だって意味分からん取り合わせ過ぎるもん。
今見たのは見間違い。そう言い聞かせていると、痺れを切らしたギルドマスターが再度ドアの向こう側、執務室から声を掛けてきた。
「あれ~、シキミちゃん? 入っていいんだよ、どうしたのさ」
「し、失礼しました。ちょっと持病の癪とかが」
苦しい嘘を吐きながら、もう一度ドアを開ける。
幻でも何でも無く、この謎面子は現実だった。一体今から何が起こると言うのだろうか。僅かに痛む胃をそっと押さえた。このメンバーなんて、サツギル本編では一切の関わりが無かった。まるで知らないイベントが開始されようとしている。