7話 アイドルと身代わり人形

01.リリカルーⅡ


 正午頃の相談室にて。優雅に昼食を終えた私は、相談者がいないのを良い事に寛ぎ倒していた。やはりというかこの相談室、繁忙期には相談が少なくなるし、逆にそうでない時期というのはひっきりなしに相談者が来たりと予想が付きにくい。
 噂をすれば。軽快なノックの音で我に返る。どうぞ、とドアに返せば結構な勢いで室内に本日の相談者が入って来た。

「こんにちは! リリカル-Ⅱだよ! あなたが相談室の管理人さんかな?」

 ――アイドル来ちゃったなあ……。
 リリカル-Ⅱと名乗った彼女は呆然と固まる私を余所に、お行儀良く相談者用の椅子に腰掛けた。カーテン越しでも分かる。大変可愛らしいフリルがたくさんついたショートドレスを着ているのだろう。
 意外すぎる相談者に頭を抱えながら、サツギルゲーム内における彼女についての知識を呼び覚ます。

 まず彼女、人間では無い。見た目は限りなく人でしかないのだが、その実は「ドール」と呼ばれる機械人形の種族だ。見た目は人でも、その皮を剥げば筋肉はコードだし、皮膚の下は鋼のボディに守られている。
 サツギル内でもドールの数は本当に少ないが、少ない故にゲームの中でも正体が明かされていない謎の存在達だ。

 リリカルの役目はまさにアイドル。彼女は国から娯楽目的で導入された、歌って踊れるお人形さんなのである。ついでにギルドの看板アイドルとして、ギルド活動もしている。元気な事だ。

 ――でもリリカルって確か、感情がとてつもなく薄いんだよね。ギルドでの事務的な問題なら、事務のお姉さんに振ろう。
 事務で解決する問題か否か、演算機能が組み込まれた彼女が間違うはずもないのだが、どうしても心の問題を相談しに来る人物だとは思えない。

「どうも、管理人のシキミです」
「そうだよね! マスターから聞いているよ。元々は受付だった子が、今は相談員をやっているって。名前はシキミちゃんなんだね? よろしく」

 流石はアイドル。ここまでの流れで全く人間味を感じさせない振る舞いが無かった。ロボット技術進化し過ぎ。

「えーっと、相談室に何か用事?」

 聞くのが恐かったが聞かなければならない。勿論、ドールとはいえ女性型なので攻略対象キャラではない。ないのだが、友情イベントが用意されている。ゾッとするシナリオばかりで、途中で投げてしまったが。

 それに、彼女がドールである事を知っている人物はほとんどいない。アイドルが実は鉄の塊でした、なんてファンが大号泣してしまう事だろう。彼女の正体を知ってしまった経緯については説明不可なので、知らぬ存ぜぬを貫き通さなければ。
 身の振り方を決め、いざ、とカーテン越しのその人と目を合わせる。確実にこちらをじっと見ている事が分かった。努めて冷静に、を心掛けて声を掛ける。

「えっと、どうかしたかな?」
「あなたもしかして、私がドールだって事知ってるのかな?」
「えっ!?」

 思わず上げた悲鳴に近い声。それを疑問と受け取ったらしいリリカルは、いつも通りのアイドルそのまま事象の説明を始める。いや別にそれは求めていない。

「マスターから聞いたんだけれど、あなたはギルドのメンバーの事を大抵知っているらしいね! もしかして私の事も何か知っているのかと思って、今鎌掛けてみたんだけど……。瞬間的に心拍数が上昇したのも分かったし、表情も強張っていたよね! つまり、私の言った事に対して心当たりがあるという事だよ!」
「あの、冷静に分析して頂かなくて結構です……」

 冷や汗をドッと掻きながらどうすべきか思考を巡らせる。しかし、分かった事と言えばこうして冷や汗を垂れ流しながら黙って思考している時点で、リリカルがドールであるという事実を知っている事に他ならない。嘘を吐いてこれ以上、心象を悪くするのはそれこそ悪手だろう。
 観念した事を示すように私は全身から力を抜いた。もうどうにでもなれ。
 私の言葉を文字通り黙って待っていたリリカルに両手を挙げながら自白する。

「すいません、全部知ってます……」
「オッケー、了解! 知っちゃったものは仕方無いものね! 口外はしないで欲しいな! お互いの為に」
「ファンなんで……。そういう事は言い触らしたりしないから、ご安心を」
「私のファンだったの? そっか、いつも応援ありがとう!」

 流石はアイドル。切り返しが完璧だ。
 何とか島流しなどの恐ろしい刑に処されずにすみ、ホッと安堵の息を吐く。最悪、闇討ちまでされる可能性があったが喋りさえしなければその心配も無さそうだ。

 あ、そうだ、とリリカルが手を打つ。今度は何なんだ。心臓に悪いからもっとマイルドな感じで動いてくれないか。

「このカーテン、もういいや! 開けて開けて! 私はファンの子達とは面と向かってお話したんだ!」
「はあ……」

 しっかり顔認証されようとしている事に恐怖を覚える。何てこったい。何かあったら真っ先に彼女は私の事を疑うだろう。場合によっては二度と日の光を浴びれない生活を送る羽目になるかもしれない。
 憂鬱な気持ちになりながらも、相談室備え付け、小窓のカーテンを開く。そこにはとびっきりの笑みを浮かべたトレンドのアイドルがいて、輝かんばかりの笑みを浮かべ、手を振っていた。ガチ勢の方のファンなら卒倒している事だろう。