6話 大海を征するもの

12.オクルスという人物


 ***

「何だこの惨状は」

 海の家から浜辺へと戻って来たオルヴァーは呟いた。一度、落とし穴に戻り依頼人が全ての元凶らしい事をシーラ達に伝えようと思っていたのだが、どうやら事は収束したようだった。
 というのもシーラとシキミの両名は既に落とし穴から脱出。加えて、大きなクジラのような魔物をも討伐したとの事。何故かシキミが気絶してしまっているが然したる問題ではないだろう。

 こちらもこちらでカルドラの話をした所、シーラが首を傾げる。

「その魔物使いは……結局、何がしたかったの?」
「俺が伸すまでに聞いた話だと、この辺の海でレクス・レフィナなどという魔物を飼っていて、それの餌が欲しかったらしいぞ」
「なるほど繋がった。あの大きなクジラみたいな魔物に与えられた餌が私達だったんだね。通りで、落とし穴の出口が海だと思ったよ……」

 縛り上げて更に話を聞いたところ、カルドラがギルドへ討伐クエストの申請をしたのは簡単に餌の確保をしたかったからだろう。ギルドの傭兵は誓約書を書かされている。魔物との戦いに敗れ、死亡事故が起きたとしても自己責任だ。文句を言われない恰好の生き餌というところだろう。

 解決と同時、カルドラへの興味を失ったオルヴァーは砂浜で目を回して伸びている、脆弱な人間へと向けられる。話をしている間に目を覚ますかと思ったが、深い眠りの底らしい。お気楽な事だ。

「コイツはどうする? 面倒だから置いて行くか」
「駄目。シキミは頑張ったから、連れて帰る」
「……はあ」

 危険を察知したのだろうか、とても女とは思えない低い唸り声を上げたシキミが、次の瞬間には勢いよく起き上がる。

「やっべ、死んだよこれ!!」
「――寝惚けてんのか。とっとと起きろ、ギルドへ戻るぞ」
「え? え、何この状況……。でも陸に上がってる……」

 説明するのが本当に面倒臭かったので、ブツブツと呟く相談室の管理人を無視。代わり、シーラが掻摘まんで状況を説明した。大事な所も省略しているようだったので、恐らく正確には現状が伝わっていないだろう。
 案の定、頭上に幾つもの疑問符を浮かべたシキミは首を傾げている。

「えぇっと? 何だかよく分からないけど、助けてくれてありがとう、シーラちゃん。海の底に置いてけぼりにされなくて、本当に良かったよ」
「ううん。よく頑張ったね、シキミ」

 ――どうやらこの人間の娘、肝だけは立派に据わっているようだ。
 もしくはシーラの源身など、見た事自体を記憶から消し去ってしまったのか。ギャーギャーと騒がない所だけは賞賛に値するが。
 ともかく、クエストは終了した。色々と面倒なので早急にギルドへ帰り、事の顛末を説明しなければ。最悪、依頼人を伸したと伝わってギルドマスターから小言を貰う羽目になる。

「起きたのならさっさと立て。クエストで起きた事を説明しに戻らなければ」
「あっ、そうだった。帰ろうか!」

 説明は全てシキミに丸投げしたかったが、生憎それは難しそうだ。
 受付に何て説明するべきか、オルヴァーは盛大な溜息を吐いて頭を押さえた。

 ***

 クエストが完了した翌日。
 私はやはりいつも通り、相談室で時間を潰していた。まだ朝早いからか、相談者もいないしクエストに誘ってくれる誰かもいない。

「おい、もう開いてるのか?」
「あれ、オルヴァーさん。おはようございます。いっつも朝早いよね。今日はちゃんと表の札、返してきた?」
「返した」

 本日一番目のお客さんはオルヴァーその人だった。前回もカーテンは邪魔と言われたので、開けて顔を合わせる。相変わらずの仏頂面だ。

「今日はこの間の相談の続きかな?」
「本題に入るぞ」
「ああ、プレゼントの話だっけ? 告白する話だっけ?」
「後者は俺の相談じゃ無いだろ。混ざってるぞ」

 正直、毎日色んな人のお悩み相談を聞くので誰が誰だか分からなくなってきている。人間の悩みというのはどれも似たようなものだからだ。
 しかしそれをオルヴァーに言っても仕方が無いので笑って誤魔化す。

「贈り物の話かあ……。でもそれ、オルヴァーさんの渡したい物を渡せば良いって事で解決しなかったっけ?」
「あまり重い物を渡したくない」
「なんでさ……」

 オクルスとオルヴァーの関係性は今を以て謎だ。何せ、サツギル内にオクルスという女性は存在しない。名前だけが宙に浮いている状態だ。当然、ダブレットで調べてもオクルスという女性はギルドに籍を置いていなかった。
 完全なるモブなのか、それとも誰かの偽名なのか。謎は深まるばかりだし、唯一答えを知っているであろうオルヴァーは相も変わらず黙秘権を貫いている。

 しかし、オルヴァーの証言により、今までの彼らしくない引きの姿勢については納得が出来た。

「オクルスには既に男がいる」
「えぇっ!? なに、浮気の相談されてるの? 私……」
「浮気をさせるつもりはない。不義理だからだ」
「ああ、だから不義理って言ってたのね」

 であれば確かに相手をその気にさせてしまうような贈り物はNGだろう。絶対に奪い取ってやる、という意思が無いので健全な――まるで友人に渡すような物が好ましいという事か。健気と言うか義理堅いというか。どちらにせよ、損をするタイプのようだ。私としては略奪愛に関しては地雷なので、あまり推し進めたくないのが実情だが。