10.脱出大作戦
釈然としない様子のシーラだったが、気を取り直したように言葉を紡ぐ。
「それじゃあ、まずは私が源身に――」
「えっ!? ちょっと待ってね、かなり大きいってさっき言ってたよね!?」
「え……、うん」
「ここでその大きな源身に戻られたら、私がシーラちゃんとコンクリの壁に挟まれて圧死する……!!」
「ヒューマンはそんなに脆弱なの?」
「ごめんね……!!」
危うく価値観と種族間の違いで死ぬ所だった。案の定、そんな脆いのかと驚いているシーラに別の意味で鼓動が高鳴る。
「じゃあ、シキミ。あなたはどのくらい泳げるの?」
「どのくらい……あんまり泳ぐのは得意じゃないかなあ。服も着たままだし」
膝下辺りまで海水が満ちてきている。恐らく、小さな穴から入って来る水の流れに逆らって泳ぐ事すら難しいだろう。息だって自分の意思で止められるのは30秒と少しくらい。どうしても止めなければならないなら、1分くらいが限界だと思われる。
不安に思っている事がダイレクトに伝わったのか、シーラは無表情のまま把握したと言わんばかりに頷く。
「じゃあ、私が人型のまま、あなたを連れて、まずは海に出る。そこで源身に戻って岸まで泳げば良いか」
「海まで出たら源身に戻る必要あるのかな?」
「私だってこの格好のままずーっとは泳げないから……。だってこの身体、水掻きも無いし尾びれも無ければ背びれも無い……」
「そ、そっか」
彼女の中でどうやら脱出方法は固定されたらしい。止め処なく水を吐き出している、例の小さな穴を確認しているようだ。
「シーラちゃん、通り抜けられそう?」
「無理。穴を広げるから、水がたくさん入って来ると思う。驚いて暴れたりしないでね、シキミ」
「了解」
パチリ、とシーラが指を鳴らす。途端、壁がガリガリと削れる音が反響した。何をしているかさっぱり分からないが、流れてくる海水を利用した魔法なのだろう。削り取られたコンクリートが水に流れて部屋の内側に溜まっていく。
水の勢いは増したが、同時に穴は2回り程大きくなった。何て頼りになるのだろうか、彼女は。
「うん、これなら通れる。じゃあシキミ、私の肩にしっかり掴まって、息を止めて」
「分かった。あのぅ、参考までに……。私の息は1分続かないかもしれないよ……」
「出来るだけ急いで海面に顔を出すけれど、頑張って」
「アッハイ」
「よし、行こう」
シーラが思いの外強い力で私を引き摺り、海水流れる穴の中へと飛込んだ。
***
一方その頃、海のヌシ討伐に勤しんでいたオルヴァーは予想よりも長い足止めを食っていた。
「砂に潜るんじゃねぇ!」
山のヌシ戦とは違い、とにかく砂が柔らかいので魔物が潜り込んでしまって、誘き出すのに時間が掛かる。魔物使いによって砂の下に潜って戦うよう躾られているのかもしれない。
源身に戻れば砂に潜られようと関係無く魔物を粉砕出来るだろうが、如何せん目の前に魔物使いがいるので源身に戻るのは危険だ。粘着されたら間違って人間である魔物使いを殺害してしまいかねない。
とにかく時間が無駄なので、遠くで傍観を決め込んでいる魔物使い――依頼人、カルドラに話し掛けた。
「お前、何が目的だ!」
問いを受けたカルドラが恍惚とした笑みを浮かべる。碌な答えじゃないな、と直感した。
しかし、答えを聞く前に潜んでいた海のヌシが姿を現す。やはり、魔物使いの指示で動いているようだ。油断した様子を見せれば嗾けて来ると思っていた。
「調子に乗るな、雑魚が」
狙い通り足下から出て来たヌシの頭を避ける。そのまま、頭に剣を突き立てた。
生物の急所である頭部、それを破壊してしまえば魔物はくぐもった呻き声を上げてすぐに動かなくなる。大剣を引き抜いたオルヴァーは、残った魔物使いへ視線を向けた。