6話 大海を征するもの

08.ロープ探しの旅


 ***

 ――粗方片付いたか。
 滑らかな砂浜の上に生きた魔物がいなくなったのを確認したオルヴァーはぐったりと溜息を吐いた。これは肉体的な疲れではなく、精神面の疲れだ。
 結局、砂浜に設置されていた落とし穴に落ちて行ったシーラとシキミは戻って来なかった。恐らく、穴を上れなかったのだろう。

 足下に細心の注意を払いながら、2人が落ちて行った穴を覗き込む。

「……お前等。人が働いてるのに随分な身分だな」
「お疲れ様!」

 元気良く返事したのはシキミだ。あまり慌てた様子は無く、穴の底で三角座りをした上で談笑に花を咲かせていたらしい。諦めが早すぎる。
 何と声を掛けたものかと思案していると、立ち上がったシーラが端的に用件を告げてきた。

「助けて、オルヴァー。のぼれない……」
「チッ。ロープか何か無いか確認してくる」
「よろしく」

 カッカしても仕方が無いので、依頼人がいる小屋――海の家へ行き、ロープを借りる事にした。海なのだから、人命救助用の器具などがあるはずだ。その中にロープのようなものが含まれているのかは知らないが。
 最悪、大量の水でも流し込めば、浮力で外に出られるかもしれない。溺死する可能性もあるが、足下が疎かになっていた方が悪いので知らん。

 海の家に着くと、依頼人のカルドラがボンヤリと海を眺めていた。コイツはコイツで暢気なものだと思いつつも、起きた事を手短に説明する。

「――という訳だが、ロープのような物はあるか?」
「ロープ、ですか……。すいません、海水浴が出来ないのを良い事に、現在備品の大半を交換に出していまして。今、そういった類いの物が無いのです」
「ハァ? お前等、海水浴場を経営する気はあるのか?」
「い、いえ。正確には我々は経営をしている訳では……」
「そんな事はどうだっていい。暇なら丈夫な紐だかロープだかをどこかで持って来い。いつ魔物が出るか分からない以上、動けない仲間を放置して俺が動く事は出来ない」

 勝手に落とし穴に嵌っておいてアレだが、彼を一人で残して行くのも何となく危険な気がする。いくら海が使えないからと言って、必要な救援器具を全て交換に出すなど正気の沙汰ではない。
 あまり勝手に余所の物を物色するのは気が引けるが、依頼人が快くロープを調達しに行ってくれるのであれば、この海の家を検めたいくらいだ。

「ところで――何やらモグラみたいな魔物が出たようでしたが、どうなりましたか?」

 良いからロープを用意してくれ、と思いつつも依頼人の疑問に応じる。

「全て討伐した」
「そうですか――彼等、捕まえるのに苦労したのに」
「……!」

 不穏なカルドラの言葉。得物の柄に手を掛けた。
 瞬間、依頼人が素早く自らのポケットに手を突っ込み、錠剤のような物を取り出す。カプセル系の錠剤に見えるそれをどうするのか見ていると宙へと放った。

「――魔物使いか!!」

 小さなカプセルが開き、中からカプセルのサイズを超越した生物が現れる。その魔物は海の家の床を突き破り、すぐさま砂の中に潜り込んだ。今までのモグラやネズミと違って砂浜での戦いに慣れているような動きだ。

 現れた魔物に気を取られている内に、カルドラは遙か遠くに避難してしまっている。当然だ。魔物使いという職種は基本的に本人は脆弱だ。
 また、魔物使いには専用のライセンスがある。更にライセンスのランク毎に扱える魔物も異なっており、使えない職の割りには色々と七面倒臭いものだ。

 そして今喚び出されたこの魔物。恐らくは海のヌシだろう。山のヌシの色違いならぬ、地域違いのようなものだ。魔物のランクがAになるので、少なくともカルドラはA以上のライセンスを持っている事になる。尤も、彼がライセンスの定義をきちんと守っていればの話だが。

「……自分じゃ戦えねぇ雑魚が、邪魔しやがって。どいつもこいつも面倒事ばかり……」

 いい加減嫌気が差してきたせいか、口から溢れたのは愚痴だけだった。何はともあれ、この魔物とカルドラを片付けてからでないとロープを探す事もままならない。どうしてこうもやろうとする事にいちいち邪魔が入るのか。
 剣を構えつつ、魔物を退治し終わった後には落とし穴から仲間が抜けていますようにと祈って息を吐いた。