07.古典的なイタズラ
「ボサッとするな! 働け!!」
オルヴァーの怒声で我に返る。そうだった。こんな事をしている場合ではない。この間の大鼠戦ではシーラに全てを任せきりになってしまったし、今度こそ活躍しなければ。ただ飯食らいになってしまう。
駆け出そうとした私の足はシーラの声でふと止まった。
「待って、シキミ。私も一緒に行く……!!」
陸上活動はお世辞にも得意とは言えないシーラが走って来たのだ。それを思うと置いて行く事など出来ないので、思わず足を止めて彼女が追い付いて来るのを待つ。
程なくして追い付いて来たシーラと共に、再度走り出した。何だろうこの胸がキュンとする感じ。親子とは違う――これは、姪を持った叔母の気分か?
「行こう、シーラちゃ――」
「前! じゃねぇ、足下!!」
突如響いた慌てたオルヴァーの声に「えっ」という声がシーラと私で重なった。
砂浜に踏み出した足が――地面があると思って踏み出した足が、支えを失って前のめりになる。突如、床でも抜けたかのようだ。
そしてそれは、何の疑問も持たず私に付いて来たシーラも同じだった。目を見開いた彼女と一緒に、身体が宙へ投げ出される。
一瞬の浮遊感の後、背中を強かに打ち付けて私は呻いた。
「シキミ、大丈夫……?」
「よ、よく着地したね」
私の顔を覗き込んで来たシーラは見事に華麗な着地を決めており、軽快な動きで私の心配までしてくれたのだ。やはり人ではない存在。人間のそれとは軽やかさが違う。万年帰宅部の私が少し身体を鍛えたくらいでは埋めようのない差があるのだ。
しみじみと納得していると、シーラが頭上を指さした。
「落とし穴に落っこちたみたい」
「落とし穴て……。古典的過ぎて予想もしてなかったよ」
しかも、落とし穴という悪戯っぽい響きとは裏腹にこの穴かなり深い。遊びで掘る穴の深さではないだろう。最早これは悪戯ではなく罠だ。
身体を起こして落とし穴内部を確認する。どうやら、フラスコ状になっているようだ。絶妙に壁が登れないよう、返しじみた設計となっている。更に、ここは砂浜だ。普通なら落とし穴を掘るのに最も適さない場所と言えるだろう。掘った側から砂が崩れてくるからだ。
が、それも対策済み。しっかりコンクリートで固められている。天井はよく見てみれば塞がってはいるが幾つかこの落とし穴まで滑り落ちるルートがあるようだ。つまり、あのクソ狭い砂浜にたくさん穴を掘ったとそういう事だろう。
「加工してるって事だよね、これ。何か急に人為的な感じが」
「まずはここから出ないと。上でオルヴァーだけ頑張ってるみたいだし」
「大丈夫かな、オルヴァーさん」
「平気。オルヴァーは強いから、あんなモグラ程度には負けたりしないと思う。……でも、何だか不穏な空気だし出来るだけ早く脱出した方が良い、と思う」
シーラは憂い顔だ。当然である。
一先ず、私もシーラもこの壁を上って落ちて来た穴から地上へ戻る事は出来ない。登攀能力は無いからだ。最悪、この壁をシーラに破壊して貰う事も考えたが如何せん海。下手な壁を崩して海水がなだれ込んだりしたら軽く死ねる。安全に脱出する為にも、まずはこの場をよく観察した方が良いだろう。
「シーラちゃん、まずはどこからか登れないか調べてみよう? 壁って登れないでしょ?」
「無理。でも、泳ぐのは得意だから」
――存じております。
心中だけで返事をする。最悪、彼女に海へ飛び出して貰う可能性はあるが最終手段だ。
壁伝いに色々と調べていると、不意に壁の感触が一部違う事に気付いた。その一点のみ砂だ。
「シーラちゃん、ここ。ここだけ砂だよ!」
「本当だ」
トコトコやって来たシーラが砂の部分に耳を当てる。ややあって、首を横に振った。
「水の音がする。掘らない方が良いかも」
「マジ? えー、じゃあどうしようかなあ。変わった所と言えばここしか無いし……」
「気乗りしないけど、オルヴァーが上を片付けて助けに来てくれるのを待った方が良いよ……。あんな雑魚に負けたりしないだろうし、そろそろ終わってるんじゃないかな……」
「あー、超怒られそうだね!」
「……? どうしてちょっと嬉しそうなの?」
――そりゃ彼がサツギルにおけるマジ切れ芸キャラだからだよ!
とは流石に言えなかったので、曖昧な笑顔をシーラへ返す。キレ芸が十八番なので、怒っているのを見る度にほっこりした気持ちになるのだ。当然、本人にそんな事を言えば怒るどころか二度と口を利いてくれなさそうなので絶対に言わないが。