6話 大海を征するもの

05.シーラの勘


「クソ雑魚魔物だったな。こんな鼠風情が、人を襲うのか?」

 あっさり片付けられた大鼠の山を見たオルヴァーが吐き捨てるように心中を吐露する。対し、私は念の為、住人側目線の意見を呈した。

「や、大鼠は人を襲うよ。雑食だもん。ただ……都会に生息している魔物だから、こんな言っちゃ悪いけど自然しか無いような場所にはほとんどいないはずなんだけどな」
「ふん、何でも良いが今回の魔物討伐は完了したと依頼人に伝えろ」
「エッ、それは私が?」

 確かに何もやっていないのでそれは構わないのだが、本当に今回のクエストはこれで終わりなのだろうか? 大鼠の駆除程度で、お小遣い稼ぎ目的のシーラが納得する報酬を用意するとは思えないが。
 ともあれ、現状をカルドラに報告し、まだ問題があるようであればその問題を取り除けば良い。十中八九、この程度の難易度のクエストでは無いので続きがあるだろうが。

 早速、海の家に踵を返そうとしたところでパシリと何者かが私の手首を掴んだ。小さくて冷たい、しっとりとした感触の手。ハッとしてその手の持ち主に視線を移す。言うまでもなく、シーラだった。

「え、な、何?」
「待って。まだお仕事は終わっていないから」

 その言葉が耳に届いたと同時、ぞろぞろと大鼠の大群が再び現れる。先程より数がかなり増えている事から、私達に対し、多大な警戒心を抱いているのが分かるようだ。
 またも面倒臭そうに舌打ちしたオルヴァーが、今度こそ得物を構える。数が数なので、シーラに任せきりにはしないようだ。

 ***

 全ての魔物を倒し終わる頃には日が暮れていた。しかも、これ以外の魔物も目撃証言があるとの事で、泊まりに。高級リゾートホテルに匹敵するホテルに一人一部屋ずつ用意されていたりと、泊まりがけになる事は依頼人の予想の範囲内だったのだろう。

 私は用意されているふかふかのベッドに横たわりつつ、明日の事に思いを馳せる。カルドラは申し訳無さそうに泊まりを提案してくれた。別の魔物がどんなものであったのかは説明が下手クソ過ぎて伝わらなかったが、また海に現れるような魔物でなかった場合には討伐する以外の方法を考える必要性がありそうだ。
 何せ、生息域の違う魔物が大量に現れるという事は人災の可能性が浮上してくる。その場合だと、この浜辺を巡って人の醜い争いを目の当たりにする可能性も無きにしも非ずと言ったところか。

 そもそもあの大鼠はやはりどう好意的に解釈しても、海岸に現れるような魔物ではない。もう誰かが街から持ってきて、浜辺に放している説もかなり濃厚だ。

「明日は……もっと変わった魔物が出て来るかも……」

 ポツリと独り言を溢し、溜息を吐く。何にせよ、明日の様子を見てからでなければ断定は出来ない。そして、獣組は朝が早そうなので早々に寝てしまうとしよう。寝坊なぞしようものなら、オルヴァーから罵られるのは必至。それはそれで構わないが、急ぎなので説教は回避したいところだ。
 一つ大きな欠伸をし、明かりを消す。やはり街とは違い、光源を消してしまえば部屋の中は真っ暗になった。夜遅いからか、外を見ても明かりらしい明かりはあまり見えない。耳を澄ませば虫やカエルの鳴声まで聞こえてきた。安眠効果に期待できそうだ。
 アホな事を考えつつ、私は目蓋を下ろした。かなり疲れていたのか、次に意識が浮上したのは朝陽が顔にガンガンと当たり出してからだった。

 ***

 その後、早速シャルネの浜辺に戻って来た私達は今日も今日とて、出て来る魔物に備える。朝陽が非常に眩しく、とても健康的な風景だ。魔物が出るという一点の難題を除けば。
 ちなみに依頼人であるカルドラとは既に打ち合わせを終え、彼は海の家でスタンバイしている。私達に合わせて朝起きてきてくれる、実に手の掛からない依頼人と言えるだろう。今日、魔物が現れなければ一旦クエストは完了。報酬を貰ってギルドへ戻る事になる。

「何だかあの人……変に感じる、かもしれない」

 日程を脳内で組み立てていると、不意にシーラが呟いた。私とオルヴァーの視線が見た目だけは少女のシーラへと集まる。彼女の言葉に何か不安を覚えたのはオルヴァーも一緒だったのだろう。眉間に皺を寄せた彼がその言葉の真意を問い質す。

「あの人って誰だ」
「依頼人」
「何か変なのか端的に説明しろ」
「分からない……ただ、何となく。勘でそう思ったの」

 ――シーラの勘がよく当たる、というのは公式の設定だ。野生の勘とでも言うのだろうか。とにかく彼女の勘は良く当たる。ただし、ここがリアルな所で彼女は『何かが変である』、という漠然とし過ぎる勘しか発動できない。
 具体的に何がおかしいのか、という事情については説明出来ないし、今後起きる可能性があるトラブルも予見する事は出来ない。ただただ、不吉な事が起こる可能性があるとしか説明が出来ないのだ。それはシーラの説明する能力が低いのではなく、彼女自身にもどんなトラブルが起きるのか分からないからである。

 現状、彼女の言葉から分かるのは決して小さくは無いトラブルが発生するというただ一点のみ。