5話 私弱すぎ!強化大作戦!!

09.疲労感と達成感


 ***

 ラヴァの教えは時に厳しく、時に優しく。飴と鞭を完璧に使い分けた教育ママと言って差し支えない教え方だった。上手くこちらの限界を超えさせてくるので、気付けば身体はクタクタ。神経は削げ落ちる程の疲労感に苛まれている。

「あらぁ、最初の頃よりずぅっと上手になったわぁ。うふふ、これも妾の教えの賜ねん。後は戦闘への局面へ活かせるようになればアナタは立派な魔道士よ」
「メチャクチャ疲れました……」
「疲労感は達成感。とても充実した時を過ごした証明なのだから、もっと誇らしげな顔をしなさいな」
「せ、先生……!」

 そうだ、ラヴァ先生の言う通りだ。私は何を疲れたなどと血迷った事を一瞬でも思ったのだろう。彼女の母親にも似た愛情と厳しさは、私の忘れていたものを思い出させてくれる。そうあれは――

「ハッ!?」
「あらあら、本当に疲れているのねん。じゃあ、そろそろ終わりにしましょうか」
「次は明後日ですね」
「そうねぇ。オスカーの筋肉馬鹿に脳みそまで筋肉にされないよう、注意するのよ」
「えぇ……。うーん、約束は致しかねます」

 それにしても、予想以上にハードスケジュールだ。ノリで明日も空いている、と言ってしまったが数日保たずに過労死してしまうかもしれない。

 そんな心配をしていると、ラヴァがくるりと背を向ける。

「それじゃあね、しっかり復習しておくのよ」
「あ、了解です」

 返事を聞くと、ラヴァは満足そうに頷き、フリースペースから出て行った。それと入れ替わるようにしてベティ達が戻って来る。
 よくよく見ると彼女等は爽やかな汗を流していた。私が先生に特訓して貰っている間に、模擬戦でもやっていたのだろう。時間を無駄にしない、ストイックな一面を見れて満足である。

「おつかれ、シキミ」

 ベティが笑う。それに笑みを返した私は、釣られて片手を挙げた。

「なかなかにスパルタだったな。それで、明日はオスカーさんに手解きして貰うんだろ?」
「そうだね」

 デレクの問いに頷く。そこで初めて、デレクとベティがチラと顔を見合わせた。何か取り決めをした事を伝えるかのような空気だ。

「私達さ、シキミを一時クエストに誘わない事にしたんだ。今日も疲れてるみたいだし、無理に連れ出して怪我してもあれだろ?」
「確かに、それもそうだね」
「2ヶ月間の特訓が終わったら、また一緒にクエスト行こう。まあ、そうはいっても同じギルドにいるから相談室にはちょくちょく顔出すけどね」
「お役立ち人間になって戻って来るから、そこそこ期待しておいて!」

 今のスケジュールには無理があるので、彼女等の言う事は尤もだ。ここはお言葉に甘えて、2ヶ月の試用期間後に生まれ変わった私を見て貰うとしよう。

 ***

 翌日。私がいつも通りの時間にギルドへ出勤したところ、すぐに早く来なかった事を後悔する事と相成った。

「おはよう! シキミ!!」
「なっ、オスカーさん!? えぇっ、来るの早くないですか?」

 オスカーがご丁寧にも相談室の前で仁王立ちして待っていた。しかも、当然の如くまだ相談室は開けていないので室内に入る事も出来ない。非常に申し訳ない気持ちに襲われていると、待たされていたせいか老剣士は少しばかり恐い顔をした。

「オスカーさん、というのは止めて貰おう。ラヴァにそうしたように、先生と呼ぶといいぞ!」
「えっ、あ、はい」

 どうやら先生と呼ばれたかっただけらしい。そういえば、彼の弟子達はオスカーの事を「師匠」と呼ぶので先生は新鮮なのだろう。
 私は恐る恐る今日の先生に先程出会った時から感じていた疑問を訊ねる。

「あーっと、オスカー先生? いつからここで待っていたんですか……?」
「うむ、1時間くらい前からよな。お前がいつ来るのか聞き忘れてしまった、儂の落ち度だ! はっはっは!」
「大変申し訳ございませんでした……」
「気にしなくて良いぞ! ジジイの朝は早い。大した問題では無いだろうよ」

 日程の取り決めについては私にも完全に非がある。普通に翌日会うとなったら、何時頃と待ち合わせをするべきだったのだ。が、そこは大物の師範代。笑っており、特に気にしている様子は無い。

「そういえば、先生のお弟子さん達はどうしたんですか? もしかして、時間がおしているとか?」
「いやいや! 自主練にしてきた、気にする事は無い。ところで、儂の事情を随分と詳しく知っているな?」
「これでも相談室やってますから。顧客データはバッチリ収拾済みです」

 本当はタブレットというオーパーツじみた道具を持っているだけなのだが、説明しても通じなさそうなので割愛する。今回の集まりとは全く関係も無い事だ。