08.新しい魔道書
ラヴァがペラペラとページを捲っていた手を不意に止めた。そのページに視線を落とし、次の瞬間には何かを閃いたような顔をする。
「この魔法、丁度良いわぁ。まずはアナタがどの程度の魔法を扱えるのか計るのにピッタリねん。じゃあ、これを使ってみてくれるかしら」
「これ、って、炎魔法じゃないですか。フリースペースが燃えたらどうしますか?」
「大丈夫よぉ。炎のエキスパートであるサラマンダーの妾がちゃぁんと付いているわ」
――それもそうかもしれない。
というか、ド素人のくせに魔法熟練者に阿呆な事を聞いてしまった。
私は内心で反省しつつ、ラヴァから渡された魔道書の1ページに目を落とす。成る程、今まで一度も使った事が無い魔法だ。というか、炎系統の魔法は火事を引き起こしかねないので進んで使う事はないだろう。
しかしまあ、恐らく今まで使用してきた氷魔法達と勝手は一緒だ。この本の通りにやれば、発動くらいは出来るはず。
根拠の無い謎の自信を胸に、早速言われた通りの魔法を発動させる。それは火球となって前方を明るく照らし出した。幸いにして火事を引き起こすような広がりは見せない、言うなれば打ち上げ花火を地上で爆破させてしまった程度の炎だった。
それを見たラヴァが一瞬だけ動きを止める。そして次の瞬間、保護者然とした笑みを浮かべた。穏やか過ぎて彼女には似付かわしくない笑みだ。
「あらあらぁ。まるで種火みたいねん。これは……ちょっと本腰を入れて教育に励むべきかしらぁ?」
「た、種火……!!」
どう聞いても褒められてはいないだろう。どころか、下手クソという言葉を精一杯オブラートに包んでなおはみ出ている印象を受ける。
しかし、三児の母は意外にも我慢強い人物だった。私の超絶下手クソな魔法を見て、動揺こそしたが投げ出したりはしなかったのだ。
「いい? 多分アナタはそもそも、魔法が何たるかを知らないと思うの。連れていた子達も魔法主体のメンバーじゃなさそうだったものね」
「は、はい」
「そんなに畏まらないで頂戴。魔法と言うのはね、こうやって使うものなのよ」
そう言うと、ラヴァは私の手から入門書を抜き取った。ちら、とそれに視線を落とし先程私がやったのと全く同じように魔法を発動させる。
瞬間、生じたのは網膜を焼くような苛烈な火柱。これは火事どころか、一瞬で建築物が全焼すると見紛う程の威力。炎が巻き上がる風によって、髪が頬に張り付いた。
「う、わ……!」
「魔法は使用者によってその性質を変えるわ。入門書だと侮ったのでしょうけれど、この魔法だって原理を理解して使えば十分戦力になるのよん。さあ、目指すはここよ、先生と一緒に頑張りましょうね」
「……はーい」
現時点で、私がこの魔法を完璧に扱えているビジョンが一切浮かばないのだが、やる気の無い生徒など失礼千万なので一先ず返事をする。大丈夫かなこれ。
「どうかしら、妾の魔法を見た事で少しは魔法の何たるかを理解できたかしらん?」
「え!? いや、そんなに優秀ではないです!」
「あらあら。うちの子達はみんな独学で魔法を学んだようだから、要所しか教えていないのよねぇ。うーん、どうしたものかしら。……取り敢えず、その使っている魔道書はあまり上等じゃないわねぇ。先生からはこれをあげるわ」
そう言って唐突にローブの中に手を突っ込んだラヴァはどこに隠し持っていたのか、魔道書を取り出した。明らかに年期の入った表紙。よくよく見てみると、本であるにも関わらず表紙や背表紙には金や宝石があしらわれているのが分かる。
――恐らくこれは、ギルドの店頭に並ぶ事の無いアイテムの1つだ。何と言うアイテムだったかは忘れてしまったが、かなりお高い魔道書であるのは間違いない。
差し出されたそれを恐る恐る手に取る。何故だろう、少しだけ暖かい。生物のような暖かさだ。
「これはね、シキミ。サラマンダーに伝わる、ノームが作った魔道書よ。もう妾は使わないから、可愛い生徒ちゃんにあげるわん」
「えっ、こんな明らかに高価そうなもの、良いんですか!?」
「いいのよ。妾が使わずに持っているより、有効活用して貰った方がいいもの。妾の子供達は皆、魔道書とは相性が悪くて使えないし丁度良いわ」
「あ、ありがとうございます」
「うふふ。そしてね、シキミ。アナタ、魔法を使い慣れていないわ。繰り返し練習する事から始めるわよ」
それは確かにラヴァ先生の言う通りである。そもそも、戦闘行為というものに身をやつした事が無いので立ち回りの方法も不明瞭。そこへ味方をも巻き込みかねない魔法を撃ち込むなど、邪魔以外の何者でもないからだ。
それに、どうしても今までの平和な世界で生活してきた記憶から、攻撃的な事をするのに躊躇いがあるのも事実だ。
「それじゃあ、まずは何度も魔法を撃つわよ。先生に続いて頂戴」
何だかとても魔法教室らしくなってきた気がする。