5話 私弱すぎ!強化大作戦!!

04.勇者系ヒロイン


 先程まで大声で口論していたオスカーとラヴァだったが、次の瞬間、オスカーは剣を抜きラヴァは杖を取り出した。あっと声を上げる前には魔法と剣が乱舞する、史上最強の暴力沙汰の喧嘩が始まる。
 うわぁ、とベティが心底引いたような声を上げた。それは皆が思っている事だが、サツギルにおけるヒロインは正直者だったのだ。

「暑い……、気温が上がってきたな。ラヴァさん、相当頭に血が上っているみたいだ」
「そうだね。サラマンダーなんだっけ?」

 精霊・サラマンダー。4種いる精霊の中で炎を操る種族だ。見た目こそ見目麗しい人間女性にそっくりなラヴァだが、よくよく見てみると身体の構造が異なる部分が散見される。それに、恐らく最も違いが分かるのが衣服の下なので私達がそれを目で確認する事はないだろう。
 更に大剣が振り回される破壊的な音も鼓膜を打つ。すっかり戦場と化したフリースペースを前に私は呆然と立ち尽くした。ベティが首を傾げる。

「あの人達、仲悪いんだよな? 何だってまた、一緒に行動してるんだ?」
「何だかちょっと心当たりあるかもしれない……」
「シキミ、何か知ってるの?」
「うーん、企業機密……」

 他人の相談内容を暴露する訳にもいかないので、口を閉ざす。相談室とはそう、信用業なのだ。

 しかし、どうやって彼等にここから退室して貰おう。せめてスペースの端でやってくれれば、こちらも勝手に訓練を開始するのだが。残念な事に、あの2人はフリースペースのど真ん中でドンパチやっている。
 当然声を掛けられる状況ではないだろう。近付けば消し炭、または細切れにされてしまいかねない。しかも彼等は喧嘩中で頭に血が上っており、私達に気付く様子は微塵も無いときた。状況は最悪の一言で済まされる程に明白だ。

「仕方無いな、ちょっと私が言って交代して貰ってくるよ」
「ええっ!? 勇者かな!?」

 ベティの唐突な一言に瞠目する。どう考えたって巻き込み事故、自殺行為なのだが彼女は当たり前と言わんばかりの顔だ。これにはさしものパートナー、デレクも慌てて止めに入る。

「いや、今近付くのはどう考えたって危険だ。様子を見た方がいいんじゃないか?」
「そんな事言ってる暇無いだろ。まあ見てなって、私がしっかり注意してくるからさ!」
「ちょ、ま――」

 デレクの制止も虚しく、意気揚々とベティは二大師範に挑んで行く。言葉で止めはしたが、身体を張って止める事はしないパートナーはオロオロと見守るばかりだ。どうしてそこで身を挺してでも止めないんだ、私は心中で叫んだが心中だけに留めた。同じ穴の狢だからである。

 ――が、そこはサツギルのヒロイン。彼女の行為は私達の予想を大きく上回る結果をもたらした。
 まず、流石に無防備に戦闘中の彼等に近付くのは危険だと分かったのだろう。ベティはかなり遠い場所から一度大声を出して自身の存在を報せた。それに気付いたのは剣士のオスカーだ。
 そして、オスカーが他者の存在に気付いた事により、ラヴァもまたベティの存在を認識する。2人の意識が彼女へ向けられたところでヒロインはこう言った。

「賑やかな所悪いけれど、次は私達がフリースペース使うから、変わってくれない?」
「おお! すまんすまん、つい熱くなってしまって時が経つのを忘れておったわ! 迷惑をかけたな!」
「あらぁ、次の子達が居たのねぇ。端を貸して貰っていいかしらぁ? まだこの頑固オヤジとお話が終わってないのよん」
「良いけどさ、私達は貴方達の喧嘩に巻き込まれたら怪我するから、程々に頼むよ」
「うむ。心得た」

 意外にもあっさりと決着したらしく、ベティから注意を受けた大人2人はスペースの端の方へ陣取り、今度は人道的な話し合いを始めた。