02.師範代様のお通り・下
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ラヴァが出て行って1時間が経過した。新たな悩める来客が相談室のドアをノックする音で、私の意識は浮上する。どうやらラヴァと対面した緊張感でうっかり眠っていたようだ。
律儀にノックをしたその人はしかし、私に許可を取る事無く中へ入って来る。この入室方法というのものが存外と性格に出るのは最近知った。
「はっはっは! 邪魔するぞ!」
老獪な声音。初老の男性の声に、私の背筋はピンと伸びた。これは――さっき、ラヴァの話に出ていたオスカーという剣士の声だ。彼の声というのはとにかく大きいので簡単に識別できる。現に今も、小さな個室で発するような声量ではない。
「ここに座ればいいのか?」
「はい、どうぞ」
カーテン越しに巨体が小さな丸椅子に腰掛けるのが見える。
彼、オスカーもまたゲーム上では師範代クラスであり、非攻略対象だ。弟子育成に直向きで、3人いる内の2人の弟子は攻略対象。もう1人は女性なのでフレンドイベントがある。
そんな彼は先にも述べた通り、剣術に長けた人物で自身の事を老兵と宣ってはいるが、助っ人として呼ぶと普通に強いぞ。
「今日はどうされましたか?」
――というか、タイミング……。
どうした、と口では聞きつつ何の話をしようとしているのか手に取るように分かる。というか、ここで外すはずがない。さっきラヴァで予習したのだから。
出来れば的中して欲しくない予想は、これ以上無い程綺麗に的中した。ど真ん中である。
「うむ。儂はオスカー! ギルドにいる老いぼれだが、相談しても構わんだろうか?」
「年齢とかは関係なので、お気軽にどうぞ」
「はっはっは! じじいのつまらん話に付き合わせて悪いな! ところで、このカーテンは何の意味があるんだ?」
「いや、匿名用のカーテンですけど。要らないなら開けますよ」
「いやいや! 面倒臭いからいい! それで、相談内容だがな。実はラヴァに如何に剣が優れた武器であり、技術であるのかを教えたいのだ」
――ほーらね、やっぱり!
匿名用カーテンを要らんと抜かしたり、色々前置きが長いおじいちゃんだったが言いたい事はやはりそれか。まさか1時間前にほとんど同じ悩みを持ったお母様が相談しに来ていたとは露にも思っていないだろう。行動のシンクロ加減に驚きを通り越して謎の納得すら覚える。
思わず閉口すると、オスカーはダメ押しのように更に面倒臭い質問を積み重ねてきた。
「ちなみに、ぬしはどちらが優れていると思う?」
「あー、えっと、私は――」
ラヴァに答えた答えをそのまま口にする。それを聞き終えた彼は鷹揚に頷いた。
「うむ。無粋な問い掛けであったな、詫びよう」
「いえ……」
「だが、ラヴァに剣の良さを伝えたいのもまた事実! どうにか、良い方法は無いだろうか?」
凄くデジャブを感じる流れに、私は思考停止でラヴァにもした提案をそのままオスカーに流用した。正直、互いにプレゼンするなり、模擬戦を行うなり色々やりようはあるのだから好きにすればいいと思う。
そして案の定、オスカーもまた私の面倒臭すぎる案を妙案だと言わんばかりに手を打った。この人等、私が言うのも何だが正気か?
「うむうむ! 良いアイディアだ。では早速、参加してくれる人材を捜してみるとしよう!」
「どうぞ、ガンバって……」
「そうと決まればラヴァにも勝負内容を伝えてこようぞ! 相談室の、世話になったな!」
「ああいえ、またどうぞ」
――実は仲良しなのでは?
そんな疑惑を覚えながら、オスカーの老人にしては背筋が伸び過ぎている筋骨隆々な背中を見送る。世の中とはよく分からないものだ。