01.師範代様のお通り・上
私は今日も今日とて、悩める相談者を導くべく相談室を開放していた。早朝という事もあって、まだ客足は無いので室内を掃除する。長時間過ごす空間なので、清潔に保っておきたいのが本音だ。
しかし、やる気を出して面倒な事に手を付けている時にこそ、新たな問題が勃発するものである。
朝から客などほぼほぼ来ないと言うのにその日は違った。
軽いノックの後、相談者が部屋へ入って来る。ルール上、顔出しは基本的にNGなので、私は慌てて壁の向こう側へと回り、カーテンを引いた。
むわっと、そんな感覚が似合うような空気が頬を撫でる。外は暑いのだろうか、と一瞬だけ錯覚した。気のせいだろうか。
「――ちょっと、相談したい事があるのよん」
しかし、気のせいはすぐさま確信に変わる。この独特な艶っぽい、且つハスキーな女性の声。私の脳裏にはやはりダイナマイトボディのお母様、精霊・サラマンダーという種族のラヴァという女性が浮かぶ。
彼女が入って来たから少しだけ体感温度が上昇したのだ。何せ、燃える火の精霊様である。分類としては、クレールやマルセルと同じという事になる。
「今日はどうされました?」
自然を装って声を掛けながら、内心では眉根を寄せる。彼女に相談室へ相談するような類いのイベントは存在しただろうか。
そもそも、サツギルにおけるラヴァという存在は非攻略対象。当然だが女性であるし、三児の母である。ただし、彼女の息子、長男と次男は攻略対象だ。もう一人の子供は長女、つまり娘なのでフレンド枠。
そしてラヴァはゲームにおける、主人公に対する師範代でもある。仲良くなると、能力値をアップさせる特訓を受けさせてくれるようになるのだ。こういった師範代キャラは他にも居る。
「何から話せば良いかしらぁ。そうねぇ、貴方、魔法と剣はどちらが強いと思う?」
「ええ?」
――答え辛いの来た!!
私は心中で叫ぶ。古今東西、見解が2つに割れる質問と言って良いだろう。
正直、ゲームの設定からして剣も魔法もどっちもどっち、というのが私の回答となる。使ってみた感じ敵の属性や弱点によって使い分けが大事なので相手にも寄るのだ。どちらも使えた方が便利である。
つまり、状況などによってコロコロと価値が反転するのでどちらが強いという事は無いだろう。戦闘技術的な話をしたいのであれば、たかだか小娘の私に聞くのはお門違いだ。
ともあれ、相談内容がそれならば答えを述べなければならない。私は出来るだけ彼女を刺激しないよう、上記の事実を告げた。
「えーっと、場合にも寄るので一概にどちらが強いという事は無いのでは? 剣も魔法も使い手によって変わってきますし。同じ力量の人を揃えて推し量るのも多分無理だから、不毛な悩みかと……」
「そうねぇ。貴方の言う通りだわん。みんなそう言うもの。困ったものねぇ」
「お力になれず、すいません」
「いいのよん。じゃあ、その強弱を決める方法について、何か良いアイディアは無いかしら?」
――ねーよ!!
私は再び心中で絶叫した。しかし、相手は客。「ちょっと考えてるんで待ってくださいね」、とお待たせする旨を伝える。
――そもそも、どうして剣と魔法のどっちが強いなんて話になったんだろう?
ゲーム内でのラヴァに、そんな不毛な事を言い出すイベントは無かったはずだ。それに、彼女の性格からしてそんな事にいちいち疑問を覚えたりはしないだろう。
しかし、絶対にそんなアホな事を悩んだりしないとも言い切れない。何故なら、彼女の息子2人は攻略し個別シナリオを網羅しているが、それでもラヴァとフレンドにはなっていないからだ。友情値が足りず、イベントを全て鑑賞した訳では無い。
よって周辺イベントについては実は知らない事がある可能性がある。
このまま悶々と考えていても仕方無い。質問に質問で返すのはあまりよろしくないが、事情を先に聞いてみよう。
「すいません、ちょっと聞きたい事があるんですけど」
「あらぁ、何かしらん?」
「どうしてまた、剣と魔法のどちらが強いかなんて相談しに来たんです?」
「実はオスカーとどちらが強いかで口論になったのよぉ。まったくもって馬鹿らしい話だけれどねん」
オスカーか、と私は心中で独りごちる。
オスカーもまた師範代クラスの剣士の老人で、ラヴァとは犬猿の仲だ。彼と口論になったのであればこの馬鹿らしい質問にも頷けると言うもの。恐らく、カッとなった勢いで何かとんでもない争いでも始めたのだろう。
このままではラヴァが引き下がりそうにない。半ば投げやりに、私は最初の彼女の問いに答えた。長話をしている間に、解決策とは行かないが妥協案として提示出来そうな方法を思い付いたのだ。
「さっきのどっちが強いか決める方法ですけど」
「あらぁ、何か思い付いたのかしら?」
「剣と魔法、どちらを使うか悩んでいる人に、剣と魔法を教えて使いやすい方が強いっていう事で良いのではないでしょうか」
成る程ね、と存外あっさりラヴァが納得の意を示す。
「良い着眼点ねぇ。そうしましょう。貴方も世話になったわね。もう一度考えてみるわん」
そう言うとラヴァが立ち上がる。そのまま、一度だけ手を振った彼女は相談室から出て行った。自分で言うのもなんだが、本当にあれで良いのだろうか。