4話 芋蔓式! 友情の大討伐戦!

10.ケーキ屋のケーキ


 トリックはさておき。
 私はピキッとクレールの額に青筋が浮くのを、見た。

「はぁ? じゃあ何、酔ってクエストに顔を出さなかった上、人様に迷惑を掛けるだけ掛けて何事も無かったって事かしら?」
「く、クレール……! まあ、落ち着いて俺の話を聞こうぜ」

 クレールの氷より冷たい双眸がアベルを射貫く。しかし、今回ばかりは擁護のしようがなかった。何せ、彼女の怒りは尤もであり、アベルにもまた庇う要素が何一つ無い。内輪揉めに首を突っ込むのも億劫だったので、私は恐々とこれから起こる何かに備える。

 2人に釘付けになっていると、不意にオルヴァーが口を開いた。先程まで振り回していた大剣の汚れを軽く落とした彼は、心底興味の無さそうな顔をしている。

「チッ、下らん。俺は先に戻るぞ」
「あっ、オルヴァーさんもう行くの!?」

 思わずそう呼び止めると、鬼のような形相を向けられた。何て男らしくて素敵な表情なんだろう、と我ながら命知らずな思考の飛躍をする。

「頼まれ事は終わった。後は貴様等で処理しろ、俺は知らん」
「了解でーす」

 もう一度舌打ちしたオルヴァーは早々にその場から離脱した。
 一方で、アベル達はまだ言い争い――というか、一方的にアベルに怒りの言葉をぶつけている。その言葉の裏には大きな心配の意が含まれているからか、怒られているはずのアベルは少しばかり穏やかな表情だ。

 ――何だか邪魔しちゃ悪いな。
 オルヴァーではないが、どうやら私はこの場において不純物のようだ。そう理解し、助けに来てくれたベティ達に向き直る。そういえば、彼女等への礼がまだだった。

「わざわざギルドから救援に来てくれてありがとう。正直、勤務外の救援依頼だったから、見捨てられるかと思ったよ」
「いや、私達もギルマスが人を集めてなかったら多分スルーしてたよ。まあ、シキミが関わってるって前もって知ってるんだったら助けに言ったけどさ」
「え、マスターが? 確かに依頼は出したけど、そんなに大事に……?」

 ううーん、とデレクが悩ましげに唸る。

「大事って程じゃなかったが、オルヴァーを救援にやったのはマスターだったな。ほとんど無理矢理だったけど」
「あの人、何考えてんのか分からないよね。シキミ、気に入られてるっぽいから気を付けろよ」
「……えー、何それ恐い」

 覚えがあるとすれば、相談室設立の相談をした時だ。あの時から、どことなく目を付けられている気がする。とはいえ、我等がギルドマスターは大変な飽き性だ。すぐ私の事にも飽きて、別の玩具を見つける事だろう。

 不意にデレクがアベル達の方へ目をやる。

「アイツ等、いつまで話すつもりなんだろうか。俺達は帰っていいのか?」
「いいんじゃないの?」
「私も相談室を開けたままだし、そろそろ帰りたいな。声を掛けて帰るね、って言ってみるよ。黙って帰ったら悪いし」

 この後、流石に立ち話が過ぎたと思ったのか、声を掛けると全員でぞろぞろとギルドへ戻る事になった。アベルはと言うと、最初こそボンヤリしていたがクレールの恐ろしい剣幕の怒りように意識を取り戻したようだ。酔いが覚めたと言っていたので、一概に悪い事ばかりではないようだが。

 ***

 アベルの騒動が終息した翌日の昼過ぎ。
 相談室で転た寝していた私は、ドアをノックする音で目を覚ました。慌てて姿勢を正し、入って来るであろう相談者を待ち構える。

 来客は、その他の相談者がそうであるようにカーテンの付いた小窓の前まで来ると、相談者とは違う言葉を口にした。

「仕事中悪ぃな、ちっとカーテン開けてくれや」
「……アベルさん?」
「おうよ! よく分かったな!」

 この間の騒動の中心にしてお騒がせマン、アベルの登場に私は眉根を寄せる。相談事がある雰囲気でもなさそうだ。ともあれ、オーダー通りカーテンを開けた。上機嫌、とまでは行かないが酒を飲んでいないのが分かる明るい顔色のアベルが立っている。

「どうかしましたか?」
「いやー、昨日、迷惑掛けちまったからな。ほいこれ、菓子折。ま、つまんねぇもんだが礼? いや、詫び?」
「これ、最近出来たカフェのケーキセットですよね。良いんですか?」
「おう、気にすんな! クレールと店には入って来たから、味は保証するぜ。甘すぎず、良い菓子だ」
「いや、味の話では無く……」
「じゃあこれ、置いとくから。クレールがお前に感謝してたぜ。マルセルは悪い事した、つってちょっと凹んでたけど」
「そ、そうですか。じゃあ、遠慮無くケーキ貰いますね」

 何個入っているのだろうか。ケーキの箱は大きく、ずっしりと重い。ベティやデレクも呼んで、みんなで食べた方が良いだろう。生ものなのですぐに傷んでしまうし。

「あーあー、ったく、明日からクエスト三昧だぜ。一時禁酒しろってさあ」
「禁酒、まで行くと大変そうですけど確かに程々が一番ですよ。みんな、心配してましたし」
「反省はしてるんだけどなあ……。ま、一時はマルセル達のワガママに付き合うわ。じゃあ、迷惑掛けたな。午後からも頑張れよ」

 ひらり、と手を振ったアベルは相談室から出て行った。クレールがキャンセル料がどうの、とずっと言っていたので一時は彼が言ったとおりクエストばかりこなす事になるのだろう。
 それを頭の端で考えながら、私はゆっくりと目を閉じた。陽気が心地良い。誰も来ない間は転た寝しておこう。