4話 芋蔓式! 友情の大討伐戦!

09.事の真相


 オルヴァーが重い腰を上げてからは一瞬だった。
 彼は人間には絶対にあり得ないその身体能力を駆使。何でもぶつ切りにしてしまえそうな大剣を振り上げると、それを音がするような凄まじい速度で振り下ろす。
 そもそも半分地面に埋まっている魔物が山のヌシ。地面ごと断裂したそれは魚の頭をもぐように一刀でヌシの頭らしき部分を切り落とした。

「……ええ?」

 困惑の溜息を吐いたのは誰だったのか。
 散々討伐出来ずに苦労したマルセルだったかもしれないし、一緒に救援に来たベティ達だったかもしれない。勿論、オルヴァーの活躍に胸を躍らせていた私だった可能性もある。
 とにかく鮮やかに、そして一瞬で勝負は決した。否、それは勝負と言うにはあまりにも実力差がありすぎたのでただの作業だったのだろう。

 魔物が没したのを確認した強者はつまらなさそうに鼻を鳴らす。そもそも、こんな辺境の土地でクエストを受けるような人材ではないのだから、つまらないのは当然だ。
 静まり返るギルドメンバーを余所に、彼は何故か私をキッと睨み付ける。

「おい、また貴様か。弱いくせに、いちいち面倒事に首を突っ込むな。ギルドのマスター権限でなければ、こんな所には来なかった。次は無いと思え」
「ご、ごめん……」

 口では謝罪しつつ、私は内心でニヤニヤが止められなかった。私は彼の強い言葉が好きだ。それが自分に向けられている事、何より――顔を覚えられている事は十分興奮に価する。
 前々から結構な好みの偏りを自覚していたが、まさかここまでとは。自分でも吃驚だ。なお、同じゲーム好きの友達にこの話をしたら普通に引かれたので、二度と人前では言うまいとは思っている。

 不意にマルセルとクレールの言葉が耳に入ってくる。

「何だかノリと勢いで一先ず敵討ちはしたけれど、よくよく考えてみたらアベルは戻って来ないんだね。残念だよ」
「そうね。けれど、あの魔物の死骸を私のツテでノーム達にでも売りつければクエストのキャンセル料は戻って来るわ」
「俺は君の感性に時々酷く驚くよ」
「まあでも、私達にしてはよくやった方よね。アイツもあの世で喜んでるんじゃないの? 私達がそれなりに成長したって」
「適当に良い感じの話に持って行かないでおくれよ……」

 それを聞いていたのか、ベティ達が事のあらましを訊ねてきた。流石に人が死んでいそうな雰囲気がプンプン漂うマルセル達の会話に首を突っ込む度胸は無かったのだろう。
 私は一応オルヴァーにも向けた説明を手早くした。アベルが行方不明になったのでそれを追っていた事、そのアベルがどうも先程の魔物に頭から食われた事を。
 聞いていないような顔をして全て聞いていてくれたオルヴァーが眉根を寄せる。

「何? アベルがあの程度の魔物に丸呑みされるとは思えないがな」
「アベルさんって結構強いから、オルヴァーさんも名前とか何とか知ってるんだね」

 彼の言葉に触発されてか、デレクも少しだけ怪訝そうな顔をした。首を傾げ、経緯について再度確認してくる。

「アベルさんが宿へ戻ろうとして間違って裏山に入ったのは、時系列的に考えると夜遅くなんだよな? それはちょっと可笑しくないか? あの人は――」

 ガサガサッ、と山のヌシが鎮座していた辺りの茂みが不自然に揺れた。驚いたベティが剣を抜き、臨戦態勢に入る。

「なっ、何だ!? 魔物か!?」

 その茂みが人の言葉を発するのを私は確かにその耳で聞いた。

「ふぃー、酷い目に遭ったぜ……。あー、喉が酒焼け……」

 ――もしかして、この声は。
 脳が答えを弾き出すよりも早く、茂みからそれが身を起こす。言うまでも無い、失踪したアベルその人だった。ボンヤリした顔でぐぐっと背伸びをし、周囲を見回す。
 と、彼が静まり返った一同を発見して目が覚めたようにその目を丸くした。

「あれ? 何で俺ここに居るんだっけな。というか、大勢でどうした? お前等、俺の記憶が正しけりゃギルドの連中だし……。ん? マルセル? クレール?」
「あ、アベル……。君、死んだんじゃなかったのかい? その、山のヌシに頭から丸呑みにされて」

 マルセルの問いにアベルがゆっくりと首を傾げ、何かを思い出すように目を細める。ややあって、あー、と気の抜けた声を上げた。

「そういや急に視界が暗くなってどうしたもんかと思ったぜ。っかしーよな、吸血鬼だからまさか夜目が利かないなんて事無いはずなのによ! そのまま眠っちまったんだけど、何? 俺死んだ事になってたのかよ」

 そこで私は彼の設定を不意に思い出す。
 彼は見た目こそ人間だが、よくよく見ると鋭い八重歯が生えていたり赤黒い双眸をしていたりと実は人間では無い。吸血鬼という種族なのだ。
 そして、ここからがトリックとなる。
 吸血鬼は日が沈み、日が顔を出すまでの間、一切の攻撃ダメージを受けないという性質を持つ。これは彼が特別なのではなく、吸血鬼がそういう生き物なのだ。

 つまり、彼が山のヌシに襲われた時間が夜中であったのならば、丸呑みされようが何をしようが一切のダメージを透過する状態にある。なので、何ら問題は無かったのだ。