01.人捜しの相談
昼食終了後の長閑な時間帯。私はいつも通り相談室にて優雅な時間を過ごしていた。今日はまだ誰からもクエストのお誘いを受けていない。よって、本業である相談業に従事する他無かったのだ。
紅茶を飲んでいると来客。ノックの後、返事はしていないが普通に入ってきた。
――うん? 2人組だ……。
残念だがシルエットでは誰だか判別出来ない。しかし、片方は影の形からして女性だろう。もう片方も女性か?
「いらっしゃ――」
「ちょっといいかしら」
把握した。今声を遮って来たのはクレール。精霊・ウンディーネという種族の女性で、クールな性格をした美人さんである。濃紺色の長髪を綺麗に編み込み、深海のような色をした双眸が特徴。
そして、彼女の隣に立つのが誰なのかも同時に分かった。アベルかマルセルだが、シルエットからしてマルセルだろう。
マルセルは精霊・シルフという種族で名前の通り風のように掴み所の無い男性だ。女性に対して優しい紳士であると同時、空気も読めるのでどこへ行ってもそこそこの人徳を獲得できる。
ちなみに、金髪エメラルドグリーンの瞳に爽やかな笑顔が特徴。
「どうしたの?」
一瞬だけ思考する為にフリーズした行動を再開させる。変な間が空いた事を不審に思われているようだが、マルセルの方はそうでも無いらしく用件を切り出した。
「実は、人捜しをしているんだ。相談室なんだろう、依頼してもいいかい?」
「人捜しそのものを私がする事は無いけれど、質問によっては一緒に考えるよ」
「ああ、助かるよ。実は、アベルが見つからないんだ」
クレール、マルセル、アベルはよく3人で組んでいるプライベートパーティだ。なので、アベルがいなくなった場合、捜すのは当然の流れと言える。なお、ネット界隈で彼等は喧嘩する程仲良しパーティと呼ばれていた。
啀み合っている事が多い割には何故かいつも一緒なのだ。マルセルもアベルもシナリオクリアしたが、必ず3人セットで仲良くなるのが不思議である。共通点は少ないように見えるが、運営側が裏設定を出す前に私がこんな状況になってしまったので真相は謎のままだ。
ともあれ、アベル失踪についてクレールが補足の説明を加える。
「今日はクエストへ行く約束をしていたのだけれど、見当たらないのよ」
「昨日時点での行き先なんかは知らないの?」
アベルは酒と女が好きな、ダメおじさんという体のキャラクターと見せ掛けて、意外と約束は厳守する良いおっさんである。昨日時点でクエストの約束をしていたのであれば、酒場などには行っていないはずだが――
「さあ、アイツ、どこに行ってたか知らない? マルセル」
「え? うーん、アベルは男だから分からないなあ」
――何だその理屈は。
仕方無いので、質問の仕方を変える。
「約束をしていたのなら、依頼掲示板の前とか、もしくは資料庫にいるかもしれないよ。そこは捜した?」
「ああ、そうだね。資料庫は見ていないや。行ってみようか、クレール」
「ええ」
出て行こうとする2人に、もう一つ質問する。これによっては、彼等はまた相談室にやってくるかもしれない。
「あと、1つだけ。昨日の段階でアベルさんに、ちゃんとクエストが今日だって伝えた?」
「俺が伝えたよ。あ、でも、言うのが遅かったから会った時は既に酒が入ってた気もするけど……」
「そう、ありがとうございました」
――これ、もう1回相談室に来るかもしれないな。
アベルがそもそも今日クエストである事を理解していなかった可能性が浮上した。それにしても、何故相談室に失踪した男について聞きに来るのか。まさか、便利屋だと思われているのかもしれない。便利屋は自分達の方だと言うのに。
***
クレールとマルセルが出て行ったから1時間程が経過した。予想通り、その2人が現在、相談室にまたやって来ている。
「アベルさん、見つからないの?」
こちらからそう訊ねると、肯定を意味する返事。クレールが困ったように、と言うよりやや苛立ったように言う。
「ギルド周辺にはいないのかもしれないわね」
「そういう訳だからさ、君、アベルを捜すの手伝ってくれないかい?」
「え? 私が?」
混乱していると、クレールが忌々しそうに呟く。
「クエストのキャンセル料取られた。アベルの奴には一泡吹かせてやらなきゃ気が済まないわ」
「か、過激……」
「それにアイツ、ふらふらしてるから気を抜いたらギルドそのものから消えてしまいかねないもの。その前にキャンセル料だけでも支払って貰わないと」
「それは無いと思うけどなあ」
確かにアベルのシナリオでも、彼はいつかギルドから出て行くかもしれない、という大量のフェイク伏線が張られていたしヒロインもまんまとその噂に踊らされた。しかし、エンディングまで見たから分かるが、アベルはギルドに寄生する気満々である。
つまり、急死なんかしない限りはギルドから消えたりはしない。クレールの心配は完全に杞憂である。
とはいえ、それを説明する訳にもいかない。今は如何にして人捜しに駆り出されるのを回避するかが問題だ。