3話 シャッフル・クエスト

05.討伐クエスト


 ***

 良い感じに日が暮れた。それは即ち、クエストの開始を意味する。
 私は訪れた夜に怯えつつ周囲を見回した。今回のクエストを脳内で繰り返し反芻する。慌てなければ大丈夫、自分で討伐出来るはずだ。
 重傷を負った場合はオルヴァーに放置されるイベントが発生するかもしれない。怪我には十分注意しなければ。あと、相手が弱すぎるので彼は飽きて手を貸してくれない可能性がある。助けはアテにしない方が良いだろう。

 ――マジで私ソロ討伐だわ……。失敗したら死ぬ……。
 その事実に恐怖しつつ、魔法で小さな明かりを灯す。子供でも使える簡単な魔法は、墓地周囲を柔らかな光で照らしだした。
 そして、腕を組み墓地を見ているオルヴァーへと早めに自白しておく。

「そうだ、オルヴァーさん。私、クソ雑魚なんでよろしく」

 本当は弱いとバレて雑魚だのと罵られたかったが仕方ない。命には替えられないので、先に言っておいた。こちらをチラ、と見た彼はノーコメントである。心底どうでもいいと思われたに違いない。

 ――と、不意に墓場の中心くらいからゆらゆらと白い何かがチラつく。あの形の無さ、無害そうでありながらも明らかに人間に害を及ぼすであろう存在感。どこからどう見てもゴーストだ。
 遠目に見て、既に2体大きめのゴーストが確認出来る。あらゆる霊の集合体であるゴーストという魔物は墓地では定期的に発生するのだ。

 それを見たオルヴァーが鼻を鳴らす。

「ふん、ゴーストなんて大層な名前だが虚仮威し過ぎるな。何だあの白い物体は」
「いやあ、オルヴァーさんにはマジでクソ雑魚ナメクジみたいな相手だからなあ……」
「アイツ等を討伐すりゃいいんだろ。八つ裂きにしてやる」
「ちょーっと、ちょっと、待って!」

 物理で殴りに行こうとするオルヴァーを慌てて止める。ゴーストは手順を踏まなければ実体の無い浮遊物なのだ。
 慌てて聖水と、それを散らす為の刷毛を装備する。それを見せながら、私は声高に討伐方法を説明した。

「ゴーストは、聖水を掛けて実体化したところを討伐するようになってるから、今殴り掛っても意味が無いよ! 私が聖水を掛けるから、ちょっと待って!」
「おい貴様、両手に小瓶と刷毛を持って手が塞がっているように見えるが。戦わないつもりか?」
「あ」

 ――大誤算!
 何と、オルヴァーの指摘した通り両手が塞がっている。これでは流石にゴーストと言えど、一人で討伐する事は出来ない。
 想定外の出来事にグルグルと脳が半回転し始める。予め組み立てておいた、全ての計画が今ひっくり返ったのだ。今から何をどう挽回すれば良いのかも分からない。

 固まる私を余所に、オルヴァーがゴーストを見て目を眇めた。奴等の動きは決して遅くは無いが、それでも徐々に徐々に私達の方へと近付いてきている。

「俺だけ働かされるのは癪だが、聖水を掛けるのは任せる。どう見たって鈍臭そうな貴様は、掛かってくるゴーストを聖水処理しろ」
「アッハイ」

 役割分担に乗ってくれるらしいオルヴァーに心中で両手を合わせて謝罪と感謝の意を述べる。刷毛と聖水を構えた私は、何かの職人もしくは清掃員のようだ。とても討伐クエストにやって来たギルドのメンバーには見えない。

 まず1体目。オルヴァーが私より前に躍り出て、しかし手は出さず攪乱している。そのゴーストに対し、刷毛で聖水を弾いて実体を持たせる。
 完全に透明だったそれが、輪郭を持ったように薄く色づいた瞬間、オルヴァーがそれを殴り飛ばした。漫画みたいに飛んで行ったゴーストは、そのまま再度立ち上がる事無く大気中に溶けて消える。これがLv.70オーバーの実力か。

 次に近付いて来たゴーストにもまた、同じように刷毛で聖水を掛ける――が、どうも外れたらしい。

「あっ」

 私の聖水攻撃をアテにしていたオルヴァーがゴーストに殴り掛るも、煙でも殴ったかのように透過し、ノーダメージなのが見て取れる。

「おい!」
「ご、ごめーん!!」

 謝りつつ、もう一度聖水を放った。今度はちゃんと実体が浮き出る。それをやはりワンパンで伸すオルヴァー。もうこれ、ベルトコンベア作業だ。ただの。
 ゲロ強い推しメンの雄志を眺めながら、刷毛を振るう。結構腕の力が必要だ。明日あたり、筋肉痛になっている可能性あり。