2話 意外な相談者

05.繰り返しの作業


「ごめんなさーい、準備整いました!」

 待ち受け型の魔物を良い事に、標的の目の前で魔法の使い方を先輩方にレクチャーして貰った私は、泥の手を見張ってくれていたデレクに謝罪の言葉を投げかけた。本当に手際が悪くて申し訳無い。

「いや、俺こそ見ているだけで悪かったよ。ところで、表面を凍らせて砕くなら、鈍器の方が効率が良さそうだな」
「ああ。私の杖で凍った泥が砕けると良いのだが……」
「ここで自分の腕力じゃなくて、杖の強度を気にするあたりドラホスさんだよなあ!」

 あっはっは、とベティが快活に笑う。全く以て彼女の言葉は正しいが、ドラホスを傷付けかねない発言にドギマギしてしまう。
 当のドラホスは何故か恥ずかしそうに頭を掻いていたが。どういう反応なんだそれは。

「じゃあ、シキミ、始めようぜ。私達じゃ作戦始められないし」
「ああ、うん。分かった。ちょっと待ってね」

 ドラホスに見つけて貰ったページの魔法を読み上げる。初心者用の魔道書と言うだけあって、私のたどたどしい詠唱でもきちんと作動するようだ。とはいえ、入門式なので大した威力の魔法は記載されていないのだが。
 魔力の高まり――のようなものを感じつつ、魔道書の手順に倣って魔法の範囲を指定。そのまま最後の力ある言葉を紡いだ。

 氷の奔る、清廉な音が辺りに響く。次の瞬間には指定した泥の手の範囲が綺麗に凍り付いていた。初めてで自信はまったくなかったが、思いの外あっさり成功したようだ。ほっと一息吐く。
 しかし、私の役目が終わったという事は待機していた3人の仕事が始まるという事だ。

 一同が一斉に得物を凍った泥の手に叩き付ける。バキバキ、と破壊的な音、宙に舞う――泥で形作られては居るが――人の手。砕けた小さな欠片達は、地面に落ちると溶けて消えていった。本体から離れた為、存在出来なくなったのだろう。
 ぼんやりと暴力的な光景を見つめていると、デレクが声を上げた。

「悪いシキミ、もう1回、今の魔法で氷を張ってくれ! 中身までは凍ってないみたいだ!」
「了解でーす!」

 泥の手の奥行きがかなりあったらしく、砕く作業を続けている内に生の泥部分にまで到達したようだ。
 私は慌てて開きっぱなしだったページの魔法を詠唱し始める。物理担当の3名が軽やかに池から飛び出し、再び私の魔法が完成するのを待つ。
 これは後何回繰り返せば終わるのだろうか。漠然とそう思ったが、気付かないふり。今はこの魔法を完成させるのが先だ。

 結果的に言えば。
 私が氷を張り、それを砕き、また氷を張る――という作業は3往復目で終わりを迎えた。流石に3度目ともなるとかなり魔力を消耗し、長距離走後くらいの気持ちだったが何とか終わってくれて助かった。

 肩で息をしていると、ドラホスに背中を摩られる。手付きが病人を労るようなそれで、心配を掛けている事が分かりに分かってしまったくらいだ。

「す、すいません、ドラホスさん……」
「気にしないで欲しい。苦しむ人々に手を差し伸べるのが聖職者の勤めだ。もし辛いと言うのなら、帰りは私が背負って帰ろう」
「いや、申し訳なさ過ぎるんで大丈夫です」

 天然性の善人の善人っぷりに感動していると、いい汗掻いたと言わんばかりに一仕事終えた後のベティがテンション高く声を上げる。

「いやあ、今日は楽出来たな! 完封! これもシキミの知識のお陰だ!」
「ああ。そうだな。このメンバーで無傷、怪我人一人出ていないのは奇跡と言えるだろう。神に感謝しなければ」

 遠回しにドラホスから弱いメンバーと言われたような気もしたが、きっと私の心が汚いせいだろうと触れずにおいた。

「ところでさ、きょうのメンバーで打ち上げに行こうぜ! ほら、私達、前回の魔狼では散々で打ち上げどろこじゃなかっただろ?」
「シキミを加えたパーフェクト討伐記念の打ち上げって事か、ベティ」
「そうそう! ステーキでも何でも、クエストの報酬で食べよう!」

 それはいいな、とドラホスが目を細める。

「君達で祝うといい。私も神の前で君達の更なる活躍を祈らせてもらうとする」
「ええ? ドラホスさん来ない訳? 折角、今日は一緒にクエスト行ったんだから最後まで付き合ってよ」
「だが……」
「奢りますよ、先輩!」
「はあ……。では、邪魔でなければ参加しよう」

 ベティのゴリ押しで今日の打ち上げにドラホスの参加が決まった。流石はヒロイン。攻略対象を逃がさない手腕は見事の一言だ。